黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【64】



 ボーセリング卿の末路は、謀略劇で負けた貴族としてはお約束通りの道を辿った。
 出席者達に根回し済みの貴族院議会で最初から有責が決まっている裁判が開かれたのち、貴族の称号をはく奪されて牢屋行き。そうして獄中で人知れず始末され、記録には病死か自害とでも残される。
 それでも無罪の罪をでっちあげられたのではなく、やった事自体は事実であるから理不尽という訳ではないな――セイネリアはそう思ったが。

 ボーセリング家の当主が追い落とされはしたものの、今ではもう暗殺斡旋業のボーセリング家自体は貴族達にとってはなくてはならない存在であるため家自体が罪に問われる事はなかった。だから新しい当主としてアディアイネが指名されてこの件は解決扱いとなった。
 ボーセリングの一族会議でも、やはり能力無き者を当主に据える事に疑問視をする意見はたびたび出ていたため、アディアイネが当主になると名乗り出た段階でほとんどの者は賛成したそうだ。
 ……というか、『ボーセリング卿』が不在の状態で『犬』達を操れるのはアディアイネだけであるから反対出来る者はいなかったというのが真相のようだが。

 アディアイネが正式にボーセリング卿となった後、セイネリアは彼に呼ばれてまたボーセリングの屋敷に向かった。今回は顔を見たいからと言われたので、供にはカリンを連れて行った。
 カリンとしてはボーセリングの屋敷に入るのには抵抗があったらしいが、『先生』に悪いイメージはないからアディアイネに会う事自体は少し嬉しそうではあった。

 ただ部屋に通されて入ったところで、カリンは勿論、セイネリアでさえ面食らうような光景が目に入ってきた。

「もーだからアーディはいつも一言足りないのよ、お客様が来るなら前日に言っておいてよっ」
「特に準備はいらないですし、挨拶だけでいいですから」
「でもー心の準備とか、いろいろあるのっ」

 何が起こっていたかと言えば、部屋には確かにアディアイネがいて、その横に不満そうに唇を尖らせている女性が座っていて2人で口論をしているという状況だ。女性側の恰好からすれば一般的な戦士系の女冒険者といった出で立ちで、かといって雰囲気からして『犬』には見えない。勿論どう見ても使用人ではないし、ただ相当に親しい間柄だというのは分かる。

「え? あ、あのっ、すみません、やだ、きゃっ」

 セイネリア達が入って来たのに気づいて、女は慌てて立ち上がったが慌てすぎて椅子の肘掛に腕をぶつけてこけそうになる……のをアディアイネが手を伸ばして止めた。それから彼は、そのまま彼女の手を取りながら優雅に立ち上がってこちらに礼をする。

「来て頂いた早々騒がしくて申し訳ありません、こちらは妻のカナンです」
「あぁ……」

 納得して思わすそう返したが、意外過ぎる光景である事に違いはない。

「あ、はい。カナンです、アーディからとってもお世話になったと聞いてます。ありがとうございましたっ」

 彼女をよく見てみても演技くささはまるでなくて、これは本気で裏表なくこの性格――一般的に言うのなら無邪気とでもいうべきか――なのだとセイネリアは判断する。
 なんというか、貴族夫人にまったく見えないのはいいとして、ボーセリング家のイメージとはかけ離れすぎていて面白い。

「カナン、それじゃ後は大事な話があるから、君はドレス選びへ行っていいですよ」
「え?! ……ほ、本当に着るの?」
「式はしませんが皆さまに挨拶の席くらいは設けなくてはなりませんから」
「う”う”う”……」
「ではいくつか気に入ったのを絞っておいて下さい。その中から私が決めます」
「はぁい……」

 そこでしゅんとなる彼女の頬に慣れたようにキスして、カナンという彼の妻はこちらにも再度挨拶をすると部屋を出ていく。そうして部屋の扉が閉まると同時に、アディアイネは本当に楽しそうに笑うとこちらに言ってきた。

「驚きましたか?」

 セイネリアはそれに、まあな、と答えただけだったが、カリンが本当に目を丸くして言った。

「はい……その、あまりにもイメージが……」
「そうでしょうね、私のイメージではない、と思いますよ。他の『犬』達もカナンと私のやりとりを見る度に貴女と同じような顔をしていますね。……ただ、彼女の前にいる私は演技などではないと言っておきます。私にとって彼女は何よりも大切な存在なのです」

 今、アディアイネの浮かべている笑みは作り物の嘘の笑みではない。勿論、彼女と話していた時も。ただ裏を返せば、本気で大切な存在だと彼女をこちらにバラすという事は、自分の弱点を教えている事にもなる。そんな事をする理由がセイネリアには分からなかった。





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