黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【61】



「俺は裏切り者は許さない主義なんだ。相応の責任を取って貰おうと思ってる」

 それに狸親父はククっと喉を震わせて笑ってみせた。

「ほう、言うじゃないか。確かに――君は最近調子良く行き過ぎていたからね、少し立場を弁えさせてやろうかと思ったのさ。だがちゃんと君と君の部下たちにダメージが出過ぎたら助けるつもりだったし、適度に君を困らせた後はこちらで奴らを始末してあげるつもりもあったよ」

 このジジイはまだ自分の方が立場が上だと思っている。だからこそ簡単に認めたのだろう。勿論、こちらが確信できるだけの証拠を握っていると判断して言い訳の意味はないと察したのもあるだろうが、それでもこちらが向うに手を出せないと思っているからこその態度だ。

「そういえば、連中の過激派の中心人物にキオット・ラグ・カルゾという男がいたんだが、調べたらこいつはザバネッド卿の息子だった。何も継げるものがない、仕事も出来ない無能の4男だったからカルゾ家の養子に出したらしい」

 セイネリアはそこで唇だけで笑って見せた。ボーセリング卿は眉を寄せたが、まだそれが自分にどう影響するのかは分かっていないようだった。

 キオットがハリアット夫人の愛人である上にアルワナの信徒――これで頭が良いのならまだ分かるが、あの残念な頭でそれが隠し通せているとは思えない。かといって権力で黙らせる程の力はカルゾ家にはない。なのに他の貴族や騎士団上層部、特にハリアット家が黙っているのはおかしいとセイネリアは思った。

 だが、キオットがザバネッド卿の息子となれば話は別だ。

 ザバネッド卿は旧貴族で、そこまで権力の中枢にいるという訳ではないが顔が広く人望がある。それだけでなくあの家は代々首都の治安を守る警備隊の管理を任されていた。となれば自然と警備隊の上層部はザバネッド卿の縁者や知人ばかりとなる訳で、つまりザバネッド家の一族を敵に回せば、今まで見逃されてきた悪事の証拠を公にされたり、何かしらの罪をでっち上げて捕まえられる可能性もあるという事だ。少なくとも余程の地位ある貴族でもない限りは睨まれたくはない存在である。……まぁだからこそ、ハリアット夫人も利用できると思って遊んで捨てて終わりではなく愛人関係を続けていたのだろうが。

「キオットが命ごいをしたから、脅したついでに命を取らない代わり、ちょっとした情報を実の父親に渡してくれるように頼んだ」
「……ちょっとした情報?」

 ボーセリング卿はまったく心当たりがないらしく眉を寄せる。叩けばいくらでも埃が出てくる人間ではあるが、それらは自分の力的に揉み消せるものと思っているのだろう。

「俺があんたとの協力関係を契約した時、あんたにナスロウのジジイが調べた調査書類をやったろ、あんたがそれを持ってるって情報さ」

 それには流石にボーセリング卿は眉を寄せるだけではなく、考えているのか唇をへの字に大きく曲げる。

「あの時俺は言った筈だ、格上相手に脅迫材料なんてのを持っていても危険なだけだ、と」
「それは確かにそうだ、だからこそ君の頭の良さを認めたんだが……」

 益々狸親父は顔を顰める。セイネリアはおかしくてたまらないとでもいうように、額を軽く押さえながら喉を鳴らしてやる。

「まぁ、実際あんたはあれを上手く使ってた。ナスロウ卿の残した書類は見つからなかった事にして、たまたまこんな事を知ったというていで使って脅してたんだろ? 勿論あんたでさえ手を出したら危なそうな相手のネタは使わずに、あくまで脅せば従わざる得ないような連中のネタだけを使って」

 そこまで言えばボーセリング卿も何をしたのか察したようで目つきが険しくなる。

「私がわざと使わなかった情報を……私が持っていると教えたのか」

――まったく、今更になって気づいたのか?

 さんざん脅してやったろうに、とセイネリアは思う。
 ナスロウ卿に弱みを握られたと考え、暗殺を持ち掛けてきたような連中は所詮は貴族の中でも地位が安定していないボーセリング卿にとっては格下の連中ばかりだった。だからきっとボーセリング卿は書類を隅から隅まで読んだ時、そんな格下連中の情報ばかりではなく自分でも手を出したらマズイような高位連中の情報もあった事に危機感を覚えた筈だ。流石に馬鹿ではないからそれを使って格上連中に働きかけようとはしなかったが、それでも使える機会がある事を考えて情報自体を破棄はしていないだろう。
 だが、その手の情報はただ使わなければそれで安全というものではない、持っているだけで危険なのだ。そしてそれを他人に知られるという事は致命的な弱みを握られた事となる。それにこの親父が気づかなかったのは……それだけセイネリアを下に見て、何があっても自分以上の力を持つとは考えなかったからだろう。




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