黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【60】 そこからいろいろ準備に時間が掛かって10日後、セイネリアはボーセリング卿の屋敷に向かっていた。 いつもなら見た目の豪華さで自分の力を示そうなんて事に興味はないセイネリアだが今日は違う。最初から向うに今までと違う事を分からせるためにわざと立派な馬車を用意し、2人の兵を従えてボーセリングの屋敷に降りた。2人の兵の1人は勿論クリムゾンだが、彼には今回高価そうな装備をつけさせて上等な兵士に見える格好にさせていた。更に彼はわざとよく見えるように黒の剣を手に持っている。勿論鞘に入ってはいるが、それでも余程鈍感な者でもない限りはそれが相当にヤバイ物だというのは肌で感じられる筈だった。 そしてもう1人、馬車から降りてクリムゾンの横に立った人物だが、この人物は傭兵団の者ではなかった。ただすぐに正体を明かしてもらっては困るため、クリムゾンと同じような鎧を着てもらって同じくセイネリアの護衛役のように見せかけていた。 セイネリアはいつも通りの鎧姿ではあるが、流石に兜はしていないもののケンナ渾身の作だけあって見た目の威圧感はいうまでもなく、それが2人の立派な兵を引き連れて歩いていれば物々しさの演出としてはかなりのものだろう。 「……今日は、何の話かな?」 迎えに来た者から聞いて身構えていたらしいボーセリング卿は、それでもセイネリアが2人の兵を連れて部屋に入った途端、一瞬言葉に詰まってすぐに声を出せなかった。 セイネリアもいつもなら作り笑いの一つでも作って世辞や謙遜込みの挨拶くらいはしてやるところだが、今回はまるで無視するように黙って客用の長椅子までいくと勝手に座って足を組んだ。貴族様からすれば、確実に無礼だと怒る態度だ。 それでも、さすがに交渉に慣れた腹黒親父はまだ冷静だった。 「この屋敷の主である私にその態度をとるなら、それだけの理由があるという事なのかな?」 口元が若干引きつっているが、ちゃんとまだ紳士の皮を被っていられたのは大したものかもしれない。 「ボーセリング卿、折角部屋にいるのに立ち話をご希望か?」 そう告げれば、ピクリと眉を寄せてから黙って狸親父はこちらの向かいにある自分の椅子に座った。すぐに彼の護衛である『犬』2人――様子を聞いて2人にしたのだろう――が彼の椅子の後ろに立つ。当然セイネリアの椅子の後ろにはクリムゾンともう1人が立っている訳だが、『犬』達の目は明らかにクリムゾンが手に持っている黒の剣に向けられていて落ち着かない様子だった。ボーセリング卿も不穏さくらいは感じ取れているようで、ちらちらと目を向けている。 そこでセイネリアが口を開いた。 「この間あんたに相談した、こちらに敵対しているという連中の件だがな、やっとケリがついた」 「それは良かったじゃないか」 「今聞いたようなふりはしなくていいぞ、既に知ってたんだろ?」 「……そうだね、確かにあれだけ派手にやれば嫌でも耳には入ってくるからね」 柔和な紳士の仮面はまだ崩れない。いつも通りの口調で、軽く肩をすくめてそう言ってくる。セイネリアはあくまでも平坦な口調で話を続ける。 「首謀者は以前受けた仕事で俺に恨みがあるアッテラ神官だったんだが、それも始末した」 「流石だね」 腹の探り合いに慣れている狸親父がこれくらいで尻尾を見せないのは分かっている。けれどもこちらの態度からして、向こうもこれから何を言われるかくらい予想出来ているだろう。 「ウールズ・ラソン」 その名を出せば、またピクリとボーセリング卿の眉が動く。 「どうやら今回の首謀者である神官は、その名の人物に、ただの敵討ちだけではなく俺の周りをつついて少しでも俺に苦しみを味わわせるべきだと言われたらしい。俺に恨みのある連中を集めて、そいつらをグループ単位で連絡を取らせるように提案したのもそいつだそうだ。それだけではなく、連中の中でも俺にダメージを与えられれば何をやってもいいという過激派共を煽って暴走させようとしたのもその名の人物らしい」 そのあたりはあとから神官とキオットに確認を取っていた。勿論、アディアイネのおかげでボーテの仲間だった神官達にその名を語ったと思われる人物を見せて本人であることも確認出来ていた。 「……そうかね」 それでもまだ、ボーセリング卿は柔和そうな顔自体は崩していない。セイネリアも、この狸親父がこの程度で表情を変えるとは思っていなかった。 「勿論、ウールズ・ラソンなんてのは偽名だ。その名の人物は既に死んでるのは確認している。正体はあんたの下にいる犬の1人だろ」 そこで相手の顔をみれば、始めてその表情が変わった。はぁ、とわざとらしいため息をつくと同時に、狸親父の顔から紳士の仮面が剥がれ落ちる。柔和な笑みは消えて、暗殺者を束ねるボスらしい顔でこちら睨んでくる。 「で、そこまで分かったからと言って、君はどうする気かね?」 動揺はない、それはまだこの男が自分の方が立場が上だと思っているからだ。 --------------------------------------------- |