黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【55】 もうすぐ日が落ちる南の森は、少し奥までいけば人の気配はなくなる。なにせこの辺りは暗くなると少々危険な動物も出てくるし、かといってわざわざ野宿して数日使って仕事をする程遠くはない。 風が出てきて森の木々が枝を揺らせばあたりでざぁっと音がして、鳥や遠くの動物たちの声をかき消す。そんな中セイネリアはカリンを迎えに森の中を歩いていた。 カリンを急ぎでデルエン領に送ってほしいと水鏡術の石を使ってケサランに頼めば、彼は嫌そうに了承した後こういった。 『急ぎだというなら行きは仕方がない、だが帰りはお前が迎えにこいよ、話がある。……ここのところ連絡を寄こさなかったんだ、近況報告くらいは聞かせてくれてもいいだろーが』 それには了承をして、だから約束通り迎えにいくところだった。 ケサランにこのところ連絡を取らなかったのは、特に新しく分かった事がなかったからではあるのだが、会いたい気分ではなかったというのもある。黒の剣の呪いについて彼が知っている事は既に聞いているし、おそらくは最悪の――不老不死という結果は確定だろう段階で向うから言われなければ会う気にはなれなかった。 「ふん、来ていたか」 指定の場所に唐突にカリンとその部下、そして魔法使いの3人が現れて、すぐにケサランはこちらを見つけてそう言ってきた。 「約束だからな」 返せば、魔法使いは一人でこちらにやってくる。カリンには予め話がある事を伝えてあったのか、彼女はその場でこちらに向けて頭を下げると部下を連れて会話が聞こえない位置まで離れて行った。 ケサランはセイネリアの目の前までくると、いつも通り不機嫌そうな顔でこちらを睨んできた。 「まぁ確かに……お前は見た目によらず約束は律儀に守るからな」 「あぁ、約束を守る相手に対してはこちらも守る事にしてる」 魔法使いはそれに苦笑して、それから大きくため息をついた。 「分かってる、お前さんはプライドが高いからな、ケチをつけられるのが嫌なんだろ」 それにはセイネリアも僅かに笑う。相手の感情が読めるというこの魔法使いは確かにセイネリアの事をよくわかっている。 彼の言う通り、セイネリアは別に相手の事を思って約束を守る訳ではない。自分自身に、他人からケチをつけられる隙を作るのが許せないから向うが不義理を働いたりしない限りこちらが先に約束を破りはしないだけだ。 勿論、逆に一方的に利用しようとしたり騙そうとしてくる相手との約束はこちらの都合がいいようにしか守らない。それでも約束を破棄するより、最初からあとでどうとでもとれるような約束にする事が多いが。 「そういう事だ、別に相手のためにやってる事じゃない」 けれどそう答えたあと、ケサランは困ったような顔をしてセイネリアの顔をじっと見てきた。 「なんだ?」 だから聞いてみれば。 「……まぁ、お前にとってはそうなんだろうが、それでも相手はそれでお前に感謝し、お前を信用する。そうしてお前の周りには、お前を認め、お前が認めた人間がつくという訳だ。……まったく、それだけ自己中心で傲慢なくせに、お前の傍にいる人間は真っ当な者ばかりなのが面白いな」 魔法使いは冗談めかした笑いとともに呆れたように言う。だからセイネリアもそれにあわせて笑って返した。 「そうだな、俺のような人でなしのそばにいる割には皆善人ぞろいだと思う事はある」 エルやエーリジャの人の良さはいうまでもなく、他にも繋がりを作った人間たちは善人ぞろいで我ながら呆れるくらいだ。だがそれも当然ではある、セイネリアは基本、自分の力で何かを成そうと努力する者に手を貸してきた。そういう人間が真っ当な善人であるだけだ。 ――まったく、皮肉な話だが。 口元が歪んでしまえば、そこでケサランが真面目な顔でこちらをじっとみてきた。 「違うだろ、お前は人でなしではない」 そこにはいつも通りの偉そうな態度はなくて、こちらを心配する顔がある。 だからセイネリアは冷静な声で言う。 「いや、人の形をした人ではないものだろ、その自覚はあるぞ」 それが冗談ではないとわかっている魔法使いは、そこで苦しそうに顔を顰めた後、頭を掻いた。 「俺が言いたいのはそういう事じゃなくてな……折角お前の周りにいる人間はいい人間ばかりなんだから、お前が見方一つ変えるだけでお前の生き方は変わるんだと……」 「今更生き方なぞ変わらないし、変えられない」 そう言って彼の言葉を遮れば、魔法使いは暫くこちらを睨んだ後でまた頭を押さえてため息をついた。だから会話を変えるためにもセイネリアは別件で、彼に聞くつもりだった事を聞いてみる事にした。 「そういえば聞きたい事がある。魔法で人間を強化する事は可能か? アッテラの強化術のような一時的なものとは違って、その体自体を物理的に強くする事だ」 ケサランはすぅっと目を細めて眉を寄せ、口をへの字に曲げて黙る。彼がこんな顔をするのは、魔法ギルドの秘密に関わる事を聞かれた時だ。 --------------------------------------------- |