黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【56】



「可能か不可能かというだけなら可能だ。植物系魔法使いの擬体を作る技術の延長で、動物や魔物の能力を人間に取り込んで強い人間を作る……なんて事が昔は行われていた。勿論今は禁止されてる、だが……やっている者がいない、とは言い切れない。まさか誰か、疑わしいのがいるのか?」

 魔法使いの顔は真剣で、その言い方から考えれば魔法使いの禁忌の中でもかなりヤバイ類のものなのだろう。もしそれをやっている者がいたのなら、即魔法ギルドが動くくらいの。

「今の話じゃない。昔、そういう事があった、という話を聞いただけだ」

 ケサランは益々顔を顰めるが、こちらがそれ以上話そうとしなかったため詳しく聞くのはやめたらしい。代わりに視線を外して独り言のように呟いた。

「……まぁ昔は今より禁忌を犯す奴も多かったみたいだからな。特にその手の技術は魔法ギルドが出来る前の無法状態だった頃には流行った事もあるそうだ。あまりにもヤバすぎてそれに関する資料類は全部破棄された事にはなってる」

 ただ、そこまで言ってから、最後に確認するようにこちらを見て聞いてきた。

「本当に、ただの昔話なんだな?」

 確かに、そんな魔法が普通に使われていたら大変な事になる。ケサランが真剣に聞くのも分かるというものだ。

「あぁ、少なくとも最近使われたという話ではない」

 かつてそういう魔法によって作られた者の末裔が今もいる、という話だ――それは流石に言わなかったが、この魔法使いなら察している可能性はある。だから一言つけたしておく。

「それに、もし何か問題がおこりそうな話だったらちゃんと具体的な内容を言うさ」
「……その言葉は信用しておいてやる」

 睨んできた辺り疑っているのは確定で、だが彼がこちらを信じてくれたのも確かだろう。セイネリアもここでそれについてはこれ以上の話をする気はなかった。

「とりあえず毎度の事だが助かった、礼はそのうち返す」

 だからそれで話を終わりにして彼の横を通り過ぎれば、また魔法使いから声が掛かった。

「待て、こっちの話は終わってないぞ」

 セイネリアは振り返る。ケサランはこちらをギっと睨んでから、はぁ、と今度は軽めのため息をついてから口を開いた。

「……お前は、寂しい、と思った事はないのか?」

 それには正直驚いて、セイネリアは目を見開いた。
 それくらいセイネリアにとって『寂しい』という言葉は意外過ぎた。

「ないな。というか、それがどういう事なのかを考えた事もない」

 セイネリアは茶化して答えたが、ケサランの顔は真剣そのものだ。

「今まではそれで良かったかもしれない。だが……お前が見方を変えない限りお前は一人だ、その意味をその内お前は思い知る事になる。いいか、折角お前の周りにはいい人間が多いんだ、一人で抱え込まずに彼等にお前の胸の内をもっと打ち明ければ……」

 セイネリアは思わずククっと喉を鳴らす。楽しくもないが自然と笑みが出る。頭の中に浮かぶのは『何を今更』という言葉だけだ。
 勿論、彼が自分に対して真剣に心配しての言葉だというのは分かっていた。それでも笑わずにはいられなかった。こちらが笑った途端声が止まった魔法使いの目をじっと見つめて、セイネリアは言ってやる。

「俺がこれからもずっと一人なのは、あの剣を持った段階でもう決まっているだろ」

 その時のケサランがこちらを見る目に浮かべていたのは……哀れみ、ではあるのだろう。おそらくは、この何の意味もないのに生き続けるしかない自分に対しての。

「……彼女に……お前、どこまで話してる?」

 そうして彼は、今度は奥にいるカリンにちらと目を向けるとそう聞いてきた。

「剣の影響の一部は話してある。とりあえず、怪我は勝手に治るから心配はしなくていいとは言った」

 ケサランはそれでまたこちらを見てくる。それから目を細めて、一歩近づいてくると小声で言った。

「お前はお前の知る事をすべて彼女に話してもいい筈だろ」

 まったく……と呟きそうになったのは止めて、セイネリアは唇を歪ませるに留めた。
 こういう発言を聞くたびに、セイネリアはこの魔法使いに呆れると同時に信用を上げる事になる。お人好しの魔法使いめ、と考えてから、これも彼のいうところの、自分には真っ当な人間がつくという事なのかとも思う。

「そんな事を言っていいのか? 魔法ギルドとしては、出来るだけ話してもらいたくはないのが本音だろ?」

 だから少し意地悪そうにそう返せば、彼は思いきり顔を顰めて怒ったようにこちらを見てきた。

「だがお前がお前の権利として勝ち取ったものだ、それを使う分にはギルドは文句を言えない」

 本当にどちら側の人間なんだか、と思うと同時に、彼のこの発言が自分を心配しての事だというのが分かっているから、セイネリアは複雑な気持ちで彼を見る。

「彼女なら、お前のどんな秘密を知ったとしてもついてきてくれるんだろ?」

 そうして探るようにそんな事を聞いてきたから、セイネリアは彼との会話としては『自分らしく』冗談めかして答えてやった。

「当然だ、あいつは俺のもので、俺の一部だからな」

 それを聞くとケサランは呆れたように首を振って後ろを向いたが、すぐにこちらを振り返ってまた呟いた。

「ならちゃんと、彼女にお前の状態を言え、いいか絶対だぞ」

 それには返事を返さなかったが、セイネリアはふと考えた。確かにカリンには黒の剣の秘密について全部を教えても構わない筈だった。なのに何故、自分は全部を彼女に教えていないのだろうと。
 それは、自分でも不思議ではあった。ただどうやら、言いたくない、という気持ちが自分の中にあるのは確からしかった。




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