黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【54】



 黒の剣傭兵団、長であるセイネリアの執務室に、見張りからの確認なしで入ってこられる人間は限られている。
 そしてその中でいかにも人間臭く、足音だけで感情が分かってしまうような人物となれば一人しかいない。彼はぶすっと不機嫌いっぱいという顔をして部屋の中へ入ってくると、挨拶の言葉もなしにセイネリアの前まで歩いてきた。

「聞きたい事がある」
「言っていいぞ」

 すぐに返せば、彼はワンテンポ考えるだけの時間をおいてから口を開いた。

「今は……常に俺の行動を監視してるのか?」
「お前に何かあった場合の護衛と連絡役を兼ねて遠くから見させているだけだ。お前は俺にあれこれ言うが、お前もこの団で重要なポジションにいる、一人でうろうろされて何かあっては困る」
「いつからだ?」
「この団を作るために動き出したころからだ」
「そっか……」

 彼としてはそこではため息をついたもののそれに即文句を言ってはこなかった。

「ま、俺に人つけてたからこそ、この間はすぐにお前が来て助かったんだし、仕方ねぇとは分かってる……俺はお前程強い訳じゃねぇしな。ただ一言、許可はともかく人つけるならつけるぞって言って欲しかった……かな」
「すまなかった」

 そう返せば、エルは意外そうに驚いた顔をした。

「あ……いや、謝る事じゃねーよ。俺はお前の部下だしな、お前が悪い事はないんだ。お前の判断は実際正しかったんだし……うん、俺が文句言う権利はねーんだ、そら分かってるんだけどよ」

 その言葉にはセイネリアも何か引っ掛かりを覚えるものの、ここでエルになんと言えばいいのかは分からなかった。セイネリアが返事をしなくても、エルはそのまま話をつづける。

「ま、お前に助けられた時の段階で誰かついてるって分かってたんだからさ、だからこっそりお前が例の連中と会いに行くのを見ようとしてもすぐバレるってのは……そらぁ当然だよな」

 エルはそれを冗談ぽく軽口で言ったが、表情は笑っているように見せているだけで本当に笑っている訳ではなかった。

「でもまー……なんていうかな、だったら強制排除みたいな方法じゃなくて、まずは帰れって声掛けてくれてもいいんじゃねーか、とかさ」
「言ったら即従って帰るのか?」
「そらー……すぐ従わなかったかもしれねーけど。……俺が見てないとこでお前に何かあったら嫌だしよ」

 だがそこまで軽口で言い切った後、彼の作っていた笑みは崩れる。泣き笑いみたいな顔になって彼は言う。

「でも……確かにお前には必要ねー事なんだよな。俺がお前を心配するなんておかしいよな、狂化したアッテラ神官相手だってお前は簡単に勝てンだからよ」

 エルのその顔は辛い時の顔だというのは分かる。けれど、やはりここで彼に言うべき言葉をセイネリアは思いつかなかった。彼が言った言葉を肯定すれば彼は更に落ち込むだろうし、かといって否定してもそれは嘘になる。

「だから……安心してくれ、以後はちゃんとお前の部下として余計な事はしねぇからさ」

 そうしてやはり、掛けるべき言葉が出なくてセイネリアが黙っている中、エルは作り笑顔を浮かべたままわざと明るく背伸びをしてから背を向けた。

「そういう事だからよ、まずはちゃんと口で指示を出しといてくれ、これからはそれに従うからよ。……やるなって事も、言っておいてくれりゃやらねーよ。勿論、帰れっていわれりゃ帰る」

 それで後はこちらに手を振って、彼はさっさと部屋を出ていく。彼の姿が消えてから、セイネリアは天井を見て大きく息を吐いた。




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