黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【53】 カリンは今、デルエン領に来ていた。 勿論、悠長に馬車や馬で来た訳ではなく、ケサランに頼んで魔法使いの転送で送ってもらったのだ。用件としてはオズフェネスに会って話を聞いてくるだけだから夕方には迎えに来てもらう事になっている。当然オズフェネスにもセイネリアから先に連絡が行って約束を取り付けてあるからカリンもすぐに会える筈だった。 だが彼は臨時の用事が入ったという事で、館についてからカリンは少しだけ待たされる事になった。とはいえカリンを見た途端、使用人が急いで出てきて何度も謝りながら上等な客室に通してくれた辺り、オズフェネスがセイネリアを重視している事は明白だ。ちなみに今回は一人ではなく一応護衛兼、何かあった場合の連絡役としてワラントの館から部下を一人連れてきていたのだが、彼女には会話の内容まで聞かせる気はないので部屋の外で待ってもらっていた。 「すまないな、約束していたのに待たせてしまって」 そうしてやってきたオズフェネスは、地位としてはずっと下であるカリンに対して本当に申し訳なさそうにまず謝ってきた。 それに思わずカリンは笑みが浮かんでしまう。確かに少し待たされたが、時間を無駄にしたという程ではないのだ、本来なら謝る必要もない。 オズフェネスは現在、領主となったボネリオの後見人となり、実質の領主代理としてデルエン領の最高権力者とも言える地位にいる。さすがにボネリオも今は領主として執務を行ってはいるが、まだ勉強中ではあるため自信がなく、オズフェネスが大抵の最終決定を行っている状態らしい。だから当然、オズフェネスが相当に忙しいのは間違いなかった。 「いえ、待ったという程の時間ではありませんのでお気にされないでください。スルヴァン様もお忙しいところ無理矢理時間をあけて下さってありがとうございます」 カリンがそう言って頭を下げれば、彼は前よりも苦労分混みで少し老けたその顔で苦笑いをする。 「……まぁ確かに、忙しくはある。あの男本人が来てくれたなら、ついでにいろいろ頼みたかったところなんだがな」 口調は冗談めかしているが言っている事は本気だろう。実際セイネリアが来ないでカリンが来た理由の一つは『行けば絶対何か逆に頼まれごとをされる』というのもあったのだから。 「だから主は今回私を代理に出したのもあるそうです」 カリンが笑っていえば、現在この領地を回している男は本気で悔しそうに唇を曲げて頭を押さえた。 「……まったく、あの男は……」 「『今回の用事程度ならまだそっちへの貸しの方が大きいだろ』だそうです」 「悔しいが、そこは否定出来ないな」 苦虫を潰したような顔をしていたものの、はははっとそこで騎士らしく豪快に笑ってから彼は改めてカリンに向き直ると姿勢を正した。 「それで、聞きたい事とはなんだろうか?」 「はい、ウーズル・ラソンという人物をご存じですか? 例の前領主様が籠っていた別荘の方の警備にいた人間、だという事なのですが」 「聞き覚えはないが、一応確認しよう、少し時間をくれるだろうか」 「はい、お願いいたします」 その名について主は言っていた、おそらくは偽名か、もしくは死んだ者の名だろうと。そしてもしその人物が実際いるとなったら、本人を見てくるか、知っている者に特徴を尋ねてくるか――とにかく、セイネリアから聞いた特徴と一致するかを確かめて来いというのがカリンが今回受けた命令だ。 オズフェネスはすぐに部下を呼んで、兵士の記録を持ってくるように伝える。そうしてその部下が言われた資料を持って帰ってくるとそれを確認し出して……名を見つけたのか眉を寄せて、暫く考えてからこちらを見てきた。 「確かに別荘に配置されていた者だが、既に死んでいる。しかもちゃんと死体が回収されて本人確認も出来ている」 「なら確実に死亡で間違いない、という事ですね」 「そうなる。……この者が何かあったのか?」 「その名を語る人物がいたので、本人か確認してこいと言われました」 「成程……」 暫くそこで顎に手を当てて考えてから、オズフェネスは少し笑って立ち上がった。 「なら、エリーダにも聞いてみるといい。彼女ならここに所属していた者の顔を一通り覚えている筈だ。それに……折角来たんだ、ボネリオ様にも一度顔を見せて差し上げてほしい」 確かにボーセリングの犬であるエリーダなら、会った事がある人物の顔は覚えているだろう。ただボーセリングの犬関連はセイネリアが自ら調べると言っていたからカリンとしては少し迷うところもあった。 とはいえ上機嫌で案内しようとしてくれるオズフェネスの好意は断れなくて、カリンは彼に促されるままボネリオの部屋へと行く事になった。 --------------------------------------------- |