黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【52】



 彼の言ったその言葉だけで大方その後の話も予想できたセイネリアだが、とにかく胸糞の悪い話である事には違いがない。
 つまり、その後のアディアイネ説明を要約すれば――まず暗殺屋をやるにあたって他の貴族たちに恐れられるだけの優秀な子飼いの暗殺者がいないとその地位を確立させられないと考えた当時のボーセリング卿は、自分の子供達を魔法使いに実験素材として提供し、人並外れた戦闘能力を持つようにしてくれと頼んだのだ。
 子供は5人いたらしいが、2人は死んで3人は少なくとも通常の人間以上の能力を持っつようになった。その3人が最初のボーセリングの犬となり、ボーセリング家の暗殺請負屋としての地位を確立したという訳だ。
 ただ問題は、犬となったその者達の能力が子にまで受け継がれるかどうかについては運任せのような状態で、だからその血を受け継ぐ者の中でふさわしい者がボーセリング家のそれぞれの役目に選ばれる事になった――という事だ。

 そこまでの内容を無表情に話してから、アディアイネはまた苦笑した。

「困った事に能力を受け継いだ――異常な戦闘能力を持つ者は基本、精神面が不安定だったのです。だからボーセリング家の当主に選ばれるのは一番精神的に安定している者とされました。戦闘能力が高い者は犬として仕事をしたり、私のように犬の教育係になります。他にも国の掃除屋や、いろいろ役立つ現場に入り込んで家の地位を保っているのです」

 内訳を聞けば成程と思える事ではある。だが一つ、目の前のこの男を見ていればセイネリアには疑問が湧く。

「あんたがその高い能力を受け継いだ人間だとして、精神的に不安定には見えないが?」

 そうすれば彼は、今までのイメージからかけ離れた顔で嬉しそうに笑った。

「そうですね、私は比較的中でも安定している方だったため先生役をしているというのもあるのですが……最初の頃と違って今は私のような人間の精神を安定させる方法も分かっているんです」
「成程」

 だがそう返した途端、アディアイネの顔が歪んだ笑みを浮かべる。
 それには狂気というより、昏い怒りのようなモノが感じられた。

「ですから今は、別に一番精神が安定しているだけの無能に主人役をやらせる必要なんてないのですよ」

 となれば、彼の頼みは単純だ。

「つまり、あんたの頼みは現ボーセリング卿を引きずり落とすのに俺に協力してほしいという事か?」

 そうすればアディアイネはにこりと笑う。ただしそれはあくまでそういう表情を作っているだけで、彼の感情を伴っていない表情だというのは分かる。まぁこの男が人としてはオカシイ部類の人間であることは初見の時から分かっていた事だ。

「はい、その通りです」
「別に俺の協力などいらないだろ、さっさと奴の寝首を掻けばいい。あんたの専門だろ?」
「それが……出来ない事情があるんです」

 少し困ったように言った男はすぐに事情を明かす。

「そもそも無能が主人として機能するためには保険がないと無理でしょう?」
「逆らえないようにするための魔法でも掛かっているのか?」
「まぁ、そんなところですね」

 確かにただの人間が化け物じみた能力者を従わせようというなら、裏切れないようにしておく必要がある。最初に暗殺業をやろうとしたボーセリング卿が、魔法使いに協力してもらった段階でそれも頼まないなんてありえない。

「なのであの男には、正式に王なり貴族院からの命令なりで失脚してもらわないとならないのです。貴方はそういう方面の工作も得意だと思うのですが?」

 セイネリアは僅かに笑ってみせた。

「そうだな、あの狸親父よりはあんたの方が仕事はしやすそうだしその話には乗ってやってもいい。ただ当然だが、一方的にこちらが力を貸すのではなくこちらもあんたに頼みたい事がある」
「それは当然の要求ですね、私に出来る事であればおっしゃって下さい」

 だからセイネリアは彼にまず、とある男の特徴を伝えて尋ねた。それはボーテに、セイネリアを苦しませるための計画を持ち掛けた人物だった。




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