黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【49】 ボーテの遺体を渡すと、3人の神官は涙を流してそれを受け取り、そうして彼を地面に横たえた。彼の顔が意外な程穏やかだった事にセイネリアは僅かに安堵を覚えたが、すぐに頭を切り替えて残ったアッテラ神官たちに厳しい声で問いかけた。 「お前達も俺に恨みを晴らしたいのか? それともただこいつに協力していただけか?」 それに反応して悲しみに泣いていた彼等の顔が強張る。それはそうだ、普通ならここで3人ともセイネリアに殺されても仕方ない状況である。 「協力、していただけです……」 震える声で一人が言うと、中でもまだ多少は肝が据わっていそうな者がそれに続けた。 「我々もセウルズ様を尊敬していました。だから、ボーテの行動に賛同して協力しました」 「成程、となれば俺に恨みがない訳ではないが、基本はボーテが目的を果たすために協力をしただけ、という事か」 「そう、です……」 3人の神官達の顔つきはどれも真面目そうで、嘘を言っているのではないのは分かる。セイネリアは皮肉気に唇を歪めると、冷たい声で彼等に言った。 「セウルズは生きてるぞ」 途端、3人ともが目を丸くしてこちらを見てくる。驚きすぎて声も出せない彼等に、セイネリアは淡々と事実を告げる。 「セウルズはサウディンを生かす条件として、自分がサウディンの面倒を見て絶対にキドラサン領に迷惑を掛けさせない事を誓った。そのために死んだことにしただけだ。ついでに言うと、セウルズがサウディンを殺した事にしたのも、その罪で自害した事にしたのも、全てセウルズからの提案だ」 思った通り、彼らの表情が驚愕から絶望へと変わっていく。そうして呆然と自失している彼等の口からは予想通りの言葉が出る。 「何故……それを、ボーテに……」 あぁ本当に、だから彼等を馬鹿だと思う。 「教えてどうなる? 俺と戦うためにしてきた準備も努力も全てが無意味で、そのために殺す必要のない人間を殺したのだと追い詰めるのか?」 そうすれば彼等は口を噤んで目を下に逸らす。 「……そうだな、リオが死んでなければ教えたろうよ。だがボーテが首謀者として立ち上げた計画でリオが死んだ。なら俺は部下を殺された立場として奴を殺すしかない、だから教えなかっただけだ」 どうせ死ぬなら真実など知らず、自分は師のために全力を尽くして死んだのだと思わせてやってもいい。それにそう思わせたままの方が彼が迷いなく全力で戦える――つまり、自分にとっても楽しめる戦いになるかもしれない――その思惑もあったのは確かだ。 「なら……何故、それを、私たちには教えた……のです」 それにはわざと侮蔑の笑みを浮かべて彼等に言ってやる。 「それは当然、お前たちを後悔させるためだ」 困惑して互いに顔を見合わせる連中に、セイネリアの声は益々冷たくなる。 「お前達は何故ボーテを止めなかった。お前達がセウルズを知っているというなら、あの男が弟子に自分の復讐をしてほしいなどとは絶対に思わない事を分かっていただろう。ならお前達がすべき事はボーテの復讐に手を貸す事ではなく、全力でそれを止める事だった筈だ」 ボーテ自身もだが、何故彼等はセウルズという男を知っていたのに彼の復讐をしようなどと思ったのか。あの男が弟子をどれだけ大切に思っていたのかを分かっていた筈なのに、ボーテが死ぬための努力を手伝ったりなどしたのか。それが、セイネリアにとっては腹立たしかった。 だから、残った彼等は生かしてやる代わりに、一生心を蝕むだけの罪悪感と後悔を植え付けてやる。友の本懐を遂げる手助けをしたなんて思わせて罪から目を逸らす事など許してやらない。 「覚えておけ、ボーテが死んだのはお前達のせいだ」 一番言われなくなかったことを突き付けられて神官たちの顔は強張っていく。やがて絶望に打ちひしがれ、罪の意識に苛まれて、彼等は地面を見つめて嗚咽を漏らしだす。ボーテに対しての謝罪を呟きながら泣くその様にセイネリアは苛立ちしか感じられなかった。 そうしてセイネリアは、彼等に更に追い打ちをかけるために口を開く。 「言っておくが、セウルズが生きているからと言ってそれを他人に話してはならない事は勿論、探して会おうなんて思うなよ。あの男はな、弟子に自分の事を忘れて生きてほしかったから死んだことにしたんだ。その男に”お前の死に対する復讐をしようとして弟子が死んだ”なんて事実を突きつけるのがどれだけ残酷な事かくらい分かるだろ? お前達は友を死に追いやるだけではなく、尊敬する人間までをも絶望に貶めようとする程の愚か者か?」 ボーテが死んだ今、彼らの心を多少なりとも救える手段はセウルズへの謝罪だろう。例え許されなくても、セウルズに自らの罪を告白して謝罪出来れば彼等の心はいくらか楽になれる、善人というのはそういうものだ。 だからそれを許してやらない。彼等に救いなど与えてやらない。彼等は彼等の罪を一生背負っていけばいい。 そうしてセイネリアは泣き崩れる彼等を暫く眺め、その声が小さくなりだしてから最後に残った用件を切り出す事にした。 「それで、こちらとしてはそろそろ約束通り、リオを返してもらいたいんだが」 脅すつもりの声で言えば、泣いていた彼等はビクリと震えておそるおそるこちらを見てきた。セイネリアはわざと苛立ったように言ってやる。 「こちらも早くリオをきちんと弔ってやりたい。勝っても負けてもリオを返すのはボーテの意思だった筈だ」 そこで先ほど少しマシな返答を返した神官が立ち上がって頭を下げた。 「それは……約束通り、今すぐ……」 そうして男が歩いていこうとしたから、セイネリアはそれを止めた。 「待て、お前には別に聞きたい事がある、他の2人に行かせろ」 男は不安そうな顔をしたがそれには頷いて、未だに地面に座り込んでいる連中に向けて指示を出した。そうして、よろけながらもどうにか立ち上がって互いに支えながら2人の神官が歩いて森の中へ消える。それを見届けてから、セイネリアは1人残った男に聞いた。 「さて……俺に勝てないとしても、俺を出来るだけ苦しませる――そんな事をボーテに吹き込んだのは誰だ?」 そもそも真面目で師を敬愛する善人のアッテラ神官にそんな発想はあり得ない。だから必ず、それを彼に提案した誰かがいた筈だった。 --------------------------------------------- |