黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【50】 カリンは主を待っていた。 ここは丁度南の森でも危険地域と安全な地域の中間辺りにある、ひらけた場所の一つ。まだワラントが生きていた頃、一日鍛錬に付き合えとたまにセイネリアに言われては連れてこられた場所だった。 先にあの場を離れてここまで来て待っていたカリンは、思ったより少し遅かったもののセイネリアの馬が現れたのを確認して安堵した。彼はマントをしておらず、馬の後ろには黒い布に包まれた荷物が固定してあった。 「エルはどうした?」 まず彼の第一声はそれで、カリンは自分の馬を彼の横につけて歩かせてから答えた。 「まだ当分起きないと思われましたので、ノーレンとクルゼに運んでもらいました。街の外まで行ったらエデンスに迎えに来てもらう事になっています」 「そうか」 セイネリアの声に感情はない。ただ、彼の返事がそれだけならカリンの対応に問題はないという事である。カリンはちらと彼の馬の後ろを見る。固定してある荷物はリオの死体だろう。カリンがそれを見ていたからか、セイネリアは言葉を付け足した。 「わざわざ棺に入れて渡されたんだが、さすがに俺でも棺ごと運ぶのは難しかったからな」 だからと言って、どうでもいい死体であればわざわざ主は自分のマントで包みはしなかっただろう。これはセイネリアがリオの死に悼みを感じている証拠ではないだろうか。主はいつも、死ねばそれは人間ではなくただのモノだと言っていた。その彼がリオの死体に対して気遣いを見せるのは、団の長としての義務だけではないとカリンは思って――少しだけその事に安堵した。主にはまだ人らしい情があると、それを確認できた気がした。 けれど……もう一つ、カリンはその逆かもしれない可能性を主に確認しなくてはならなかった。そのためにエルとともに部下を先に帰らせたのだ。 「ボス、お怪我はありませんか?」 「ない」 それは即答で、当然それが嘘ではないように、セイネリアを見ても怪我を思わせるところは見当たらなかった。ただし、近くで見れば鎧のあちこちに血がついたあとがあるのが分かる。更によく見ればそれはおもに彼の右半身、ボーテが倒れ込んだ方に多く、そして脇から背の辺りまで血がべっとりついた跡があるのも確認できた。 「ボーテの最後の短剣は、ボスの脇を刺した筈です」 それにはセイネリアは即答を返さなかった。だが彼の顔には動揺もない。 エルを眠らせたあと、セイネリアとボーテの戦いを隠れて見ていたカリンだったが、あの神官の最後の攻撃がセイネリアの脇を刺したのをカリンは確信していた。傷が浅かった可能性はあっても無傷はあり得ない。 「脇から背にある血の跡はボスの血ではないのですか?」 返り血ならその位置につくはずはない。けれどその場所を血止めしている様子はなく、かといって新しい血が滲んでいる様子もない。セイネリアが手綱をもつ腕の動きも傷を庇うようなところはないから、少なくとも今の彼は行動に支障が出るような怪我はしていない。 「そうだな、おそらく俺の血だ。場所が場所だから割と派手に出たな」 暫くして、ようやく聞こえた主の声はそれを淡々と……だが僅かに自嘲を乗せて言った。 「だが今、俺に怪我はない。だから俺の体を心配する必要はない、今回だけでなく、これからもだ」 それがどういう意味なのか――そこまでカリンは聞く事が出来なかった。聞いてはいけない気がして口に出せなかった。 ただそうして今度はカリンが黙ってしまえば、セイネリアが口調を変えて言ってくる。 「それよりカリン、お前に行ってきてもらいたいところがある」 それは命令をして来る時の事務的な口調で、だからカリンはその具体的な内容を聞く前に答えた。 「はい、ボスの命令であれば何処へでも」 セイネリアはそこで僅かに唇を歪めた。けれどすぐに彼は何事もなかったかのように口を開き、命令の内容を告げた。 --------------------------------------------- |