黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【44】



 セイネリアがエルに渡した手紙の内容は一言だけ。

『そろそろ直接会って決着をつけようじゃないか』

 返事をどう返してくるかは分からなかったから、翌日もエルにはアッテラ神殿へ行ってもらって手紙を入れた場所を調べてもらった。結果――手紙はあった。それは勿論、昨日こちらが入れておいたものではなく違う手紙で、エルはそれを持ち帰ってきた。
 そうして、彼はそれを渡すと同時に言った。

「お前、それに行く気か?」

 向うからの手紙に書かれていたのは、場所と時間のみ。つまり、こちらの提案を了承してくれたとみていいだろう。

「勿論だ」
「一人でか?」
「あぁ、向こうは俺だけに用があるだろうからな」
「危険じゃないのか?」

 エルの立場として、その発言は当然だろう、だが。

「俺がか?」

 わざと笑ってそう聞き返せば、エルもぐっと口を噤む。それでも彼は暫くして、こちらを睨んで言ってくる。

「今のお前に何かあったら、困る人間が大勢いるってのは分かンだろ?」
「あぁ、分かってるぞ」
「だったら、護身のために慎重に行動するのもお前の義務だろ!」

 ……成程、確かにその言い方は筋が通っている。もっともそれは、言う相手がセイネリアでなければ、だが。

「言っておくが俺の場合、一人の方がどんな手もつかえる分安全だ」

 『どんな手も』の意味にすぐ思い当たったエルはそこでまた黙る。さすがに今度は、間をあけて言い返しても来ない。

「おそらく相手は、俺と真っ当に勝負したいだけだ。なら一人で行くべきだろ」
「どうしてそう言い切れるんだよ……」

 怒鳴ってこそこないが、エルは未だに納得がいかないという顔をしている。セイネリアの強さを傍で見て十分分かっている筈なのに心配して怒る――その必要はないのに、と思いながらもそれがエルという男だというのは分かっていて……彼のそういうところは嫌いではなかった。
 思わず苦笑が湧いたが、すぐに表情を消してセイネリアは彼に告げた。

「とにかく、これでこの件は終わる。お前も団も通常業務に戻っていい、団長としての命令だ」

 エルはそれに何も返さず、ただ軽く頭を下げて部屋を出ていった。






 首都セニエティを南門から出るとまず森がある。皆からは通称として南の森と呼ばれるそこは、街の傍だというのもあってあまり危険な動物や魔物の類は住んではいない。だから初心者冒険者達が薬草を摘んだり森の探索方法を学ぶための場となっている。
 門から出て街道をまっすぐ進めば森をぬけられて丘陵地帯に出るものの、森自体は実はそこまで小さいものではなかった。西に進めば海沿いに暫くは森が続いているし、東南方面へいけば森はもっと深くなりアウグスト山まで続いている。アウグスト山までいけばそこそこ厄介な動物がいたりするのもあって、南の森でも東方面……特に南東方面は中級冒険者以上でないと行かない方がいいと言われている。ただそこへいけるくらいの実力があるなら、森探索より割のいい依頼を受けられるようになるため、実際に行くものはあまり多くないという状況だった。

 だから、森の街に近いあたりは初心者パーティーがうろうろしているのをよく見かけるものの、少し東方面に奥へ行けば自分以外の他人に合う可能性はほとんどなくなる。
 主にその辺りは、首都近郊を根城にしている上級者達が特訓したり、魔法の練習をしたりする場に使われる事が多かった。
 そういう理由で実は南の森の東奥の方には、木を切って訓練が出来る程度の空間を作ってある場所がいくつかある。

 この件の首謀者である相手が指定してきたのは、そんなところの一つだった。割合アウグスト山に近い位置でセイネリアが知らない場所であったから、もしかしたら彼等が訓練をするために均(なら)した場所なのかもしれない。

 セイネリアが着いた時、そこには4人のアッテラ神官がいた。

 その中の1人だけが完全に戦闘用の装備で立っていて、他の3人は通常の神官服――といってもアッテラの僧衣は基本肌の露出が多くてあまり神官らしくない――であったので、彼らの意図はすぐに分かった。

 セイネリアが彼等に近づくために馬を降りて歩き出せば、アッテラ神官たちはその場でアッテラの祈りの形を取る。それから、一人戦闘準備が整っていた神官が、そこで兜を自らとった。

 その顔は確かに思った通りの人物であったが――表情や印象は最後に見た時から大きく変わっていた。

「俺に恨みがある連中を集めた首謀者はお前か?」

 聞けば神官は僅かに目を伏せてから、やはり前にあった時のイメージからはかなり変わった、がさついた声で答えた。

「そうです」

 彼がセイネリアを恨んでいる理由は分かっていた。だからなぜとは聞かない。そして彼なら、最終的にはこうして自分と真っ向から勝負するのこそが目的だというのも分かる。

「お前が俺を恨むのは分かる。非難するだけなら気が済むまで聞いてやったのにな……セウルズは、貴様に復讐など望んでいなかっただろう」
「黙れっ」

 そこで初めて、感情を抑えていた神官の顔が怒りの形相にゆがんだ。拳を握りしめ、頭を振って狂気さえ見える瞳でセイネリアを睨む。
 ボーテ・ルオー。
 エルから渡されたアッテラ神殿に熱心に通っていたリストにあったその名は、キドラサン領の領主争いの時に自分の立場も名誉も捨てて長子のために生きる事を選択したあの地の英雄であるアッテラ神官、セウルズ・クルタ・ロセット・ダンの弟子だった神官の名前だった。
 いつでも師を崇拝の目で見つめていた素直そうだった青年が今、濁った昏い瞳でそこに立っていた。




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