黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【43】



 その日の昼、エルはセイネリアの指示でアッテラ神殿に行く事になった。

 クリュースの国教である三十月神教には名前の通り三十の神様がいて、国のあちこちに各神様の神殿がある。とは言っても勿論どの町や村にも全部の神様の神殿があるなんて事はありえなく、流石に首都であるセニエティには全部の神殿――規模の差は大きいが――があるものの、基本は大きい街程神殿も多くある、という感じである。
 ただその中でも主神であるリパは別格で、首都からの情報伝達と最低限の教育機関としての役目もあって国の補助もあるから神殿数は圧倒的に多い。小さな村でもきちんと国に認められているものならリパ神殿だけはある、というのが普通だ。勿論信徒の数でも一番多いし、神官の数も圧倒的に多い。

 ではその次に信徒が多い神となれば――アッテラとなる。

 神官の数自体はそこまで多いとは言えないのだが、信徒の数は確実にリパを除けば一番多い。なにせ冒険者になりにやってきた腕っぷしに自信がある奴はまず大抵改宗してアッテラ信徒になると言われているくらいだ。分かりやすく強くなるための魔法が使えるようになる上に、かなりのへき地でもあちこちに神殿があるから仕事で遠出をした先でも助けてもらいやすい。あとはまぁ……己を鍛える事が教義であるから、学のない脳筋馬鹿でもわかりやすいというのも大きい。勿論、強くなりたいという向上心のある騎士様や、地域によっては領主がアッテラ信徒だったりという事もある。
 そういう訳であるから、敵にはアッテラ信徒が多いと言われたってエルからしてみたら正直『そら当然じゃね』と思ってもいた。数的に考えてもそうだし、セイネリアに喧嘩を売るような馬鹿は血の気の多いアッテラ信徒の可能性が高い――と言われても納得出来る。

――まさか本当にアッテラ信徒同士が神殿で連絡とりあってたとは思わなかったけどよ。

 セイネリアが敵のアルワナ神官を使って聞き出してきたという情報によれば、連中の首謀者はどうやらアッテラ神官らしい。敵はセイネリアに対して同じ恨みがあるグループごとに別れていてグループ間で情報を伝えていたらしいのだが、その際にグループ内のアッテラ信徒が連絡役になって、アッテラ神殿を使ってそのやりとりをしていたらしい。

「お、エルどこ行くんだ?」
「あー、ちょっとあちーから外行って休憩してくるわ」
「そっかい、帰ってきたら一勝負してくれよ」
「おー」

 一応少し鍛錬をしてから、休憩と言って神殿の裏庭に向かう。確かにここはあまり人が来るところではない。とはいっても誰もいかない場所でもなくて……まぁ、確かに秘密の連絡に使うには丁度いい。
 エルはセイネリアに渡されたメモを懐から取り出すと、裏庭の中でも一番奥にある石の長椅子の土台の下を探ってみた。

「確かに、ここにいい隙間があるな」

 そのままメモを押し込めば綺麗に隠れた。
 つまるところ連中は、首謀者に向けて質問や返事をするときはここにメモを入れて受け渡ししていたらしい。

 考えてみれば、数人で構成されたグループなら中に一人くらいアッテラ信徒がいておかしくない。特にセイネリアに恨みがあって復讐したいなんて言ってる脳筋系馬鹿集団ならまず絶対いる。連中の中でも貴族様はまた別の連絡方法らしいが、少なくとも実行役をやってる下っ端連中はこの方法でやりとりをしているとの事だ。

――罰当たりめ、と言いたいとこだがよ。

 エルの感想はおいておいて。
 しかもどうやらセイネリアは――エルが渡した1年内くらいにここへ熱心に通っていた連中のメモをみて、首謀者が誰かも分かったらしい。まだ確定ではないしエルの知る人間ではないと言って教えてくれなかったが、彼がそういう言い方をするなら8割方は当たりだろうと思っている。

『向うもいつまでも死体を持っていたい訳ではないだろうからな、こちらから連絡を取りたがれば、あっさり姿を見せる可能性もある』
『そりゃぁ、向うは死体を返すつもりがあるって事か?』
『そうだな、既に弔ってくれている可能性もあるが』
『は? 弔うために死体を持って行ったっていうのか?』
『可能性はある、なにせ相手は俺以外には本来危害を加えるつもりがなかった上に――マトモなアッテラ神官だからな』

 セイネリアがこの指示をしてきた時の会話を思い出してエルは顔を顰める。そうして思う、マトモなアッテラ神官ならそもそもこんな事計画立てるかよ、と。




---------------------------------------------



Back   Next


Menu   Top