黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【42】



「言いたいことがあるならいっていいぞ」

 セイネリアがそう言えば、エルは片手で顔を覆うと下を向いた。

「……いや、ちょっと苛ついただけだ。お前のやったことに文句はねぇよ」
「リオの事だろ?」

 聞けば、彼はため息をついて、おそらくは自分を落ち着かせてから言葉を返してきた。

「そりゃな……リオは優秀でいいやつだった、悔しいし、怒りしかねぇけどよ……それをお前に言ったって仕方ねーじゃねーか。お前はリオを助けるためにやれる事はやってたし、ここの長としてなら間違った事を言ってねぇ」
「……いや、間違ってたさ。今回の俺は間違いばかりだ。……だから確実に、あいつが死んだのは俺の責任だ」

 そうすればエルは顔を上げて、苦笑しつつも睨んできた。

「ったくよ、お前にそう言われたら、気晴らしでもお前を責められなくなんだよ。それによ、なによりリオが自害したってんならきっと、お前のために自ら選んで死んだんだろうってのが分かってンだよ、それでお前に文句いえる訳ねぇだろが」

 言い切って目を閉じると、エルはぎゅっと右手の拳を顔の前で握りしめる。それはアッテラの祈りの形だ。
 しばらくはそのまま何もいわず、エルは祈りを捧げていた。アッテラには死者を弔うための祈りはないが、それでもエルは神官として、死んだ彼に向けて神の祝福を祈らずにはいられなかったのだろう。

 本当に、自分とは何から何まで――正反対ともいえる程考え方が違う。
 だからこそ、セイネリアはエルと組んだのだが。

「……くそ、ンな事言うつもりはなかったんだ、俺は」

 小さく呟いて、目じりの涙を乱暴に腕で拭うと、エルはまた自分を落ち着かせるために深呼吸をしてからこちらを見てくる。

「とにかく、これで団は通常運転に戻っていいんだな。一応まだ注意はしろと言っとくけどよ、仕事出るやつを毎回エデンスに見てもらうってのは止めていいか? 流石に負担掛けすぎだ」
「そうだな、エデンスに見送りはいらないと言っておいてくれ。なんなら暫く休みをやってもいい」

 了解、と答えてから、エルは少し考える。

「そうなっと、カリンの方も見張りは終わりでこっちに呼び戻すんだろ?」
「いや、もう暫くカリンは向うだ、見張りも続ける」
「そうなのか?」
「あぁ。まだ終わった訳じゃないからな」

 エルは目を見開く。それから少し眉を寄せて、彼の表情が一気に真剣になる。

「どういう事だ?」

 これだけの騒ぎを起こしたのだから、今回の件が解決したような気になっても仕方がないところではあるが。

「まだ、リオを取り返していない」

 勿論彼はもう生きてはいないから、正確には彼の死体だ。言われたエルはぐっとまた拳を握りしめて下を向く。

「そうか……そうだったな」
「それに首謀者も分かっていない」
「それは、あの呼び出したとこにいた……ん、じゃないのか?」

 エルが驚いて顔を上げた。

「あれはあくまで馬鹿共が勝手にやった事だ。首謀者――最初にあちこちに声かけをした者は馬鹿共と対立してた方だろ」
「あぁ……そっか、そうだな」

 それでエルも、連中が馬鹿の派閥とマシな連中の派閥で対立していた事を思い出したらしい。

「今回こっちでぶっ潰して回ったのは、全員馬鹿共の派閥の連中なのか?」
「そう思っていいだろう。だがそいつらからもう片方の連中の事もかなり聞けたからな、首謀者にたどり着くアテはある」

 あの場にいたキオットと4人はただの下っ端ではなく、少なくとももう片方の派閥の人間とやりとりをする程度には連中の組織の中でも上にいた人間だ。そいつ等からアルワナの術でいろいろ聞けたから、首謀者を見つける目処はついていた。

「そういえばエル、聞きたい事があるんだが」
「へ?」

 唐突だったせいか、エルが驚いて声を上げる。何を聞かれるのかまったく予想がつかないのだろう、彼は困惑気味に首を傾げた。

「お前、アッテラ神殿でここ1年くらいの間熱心に通ってた奴の事を調べたんだろ?」
「あ……あぁ、そういやリオの事があって報告してる暇もなかったな」
「ならその報告をしてくれ」
「了解、ってあー……名前書いたメモをとってくるから少し待っててもらえるか?」
「あぁ、それを渡してくれればいい」

 それでエルはすぐに部屋を出ていく。
 その後、大して待たずにエルがメモを持って帰ってきたのだが……そこに書かれていた名前の中に、セイネリアは見覚えのある名前を見つけた。




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