黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【41】



 翌日、セニエティの街はある噂で持ち切りになった。
 それは当然、あちこちで見つかった大量の惨殺死体についてで、それを行った者達が誰かなのか明らかになっているからこそ、その噂は瞬く間に街中に広まった。

 このクリュースの法律では、戦闘能力があるとみなされている冒険者同士の争いでは死人が出ようと誰も罪に問われる事はない。だから今までも傭兵団等冒険者同士の争いでは、相手をわざと惨たらしく殺した上で目立つようにその死体を残して見せしめにする事は何度もあった。
 だが今回は傭兵団同士の争いどころの話ではない。見つかっただけでも死体の数は60人を超し、更にそれが戦闘が行われたと思われる一か所だけではなくいろいろな場所で数人づつ見つかっていたからだ。まるで複数の小規模集団に一斉に襲撃を掛けたともとれるその現場には、全て同じエンブレムの描かれた布切れが残されていた。

 黒い剣に花がついたそれは、黒の剣傭兵団のものである。

『そういやなんか最近あの男の傭兵団が仕事で邪魔されてるらしいって話を聞いた事があったんだけどさ。そん時はまさかそんな命知らずがいるもんかと思ったんだが……本当にいたんだな』
『馬鹿な奴らだぜ、あの化け物を敵に回すなんて』
『現場見た奴の話だとどの死体も相当酷かったらしいぜ。五体満足の奴はなくて、あたりには血でかきむしったような跡があちこちにあったってよ』
『見せしめなんだろうが……想像したくもねぇ』

 あのセイネリア・クロッセスとその配下ならそれくらいやりかねないと、噂を聞いてそれが彼等の仕業である事を疑う者はまずいなかった。そうして益々セイネリアという男と彼の傭兵団の名は恐れられ、その名を口に出すだけで人々は声を潜めるようになる。

「セイネリア、お前の言った通りだ。朝っぱらから警備隊の連中が文句いいに来やがったぞ」

 部屋に入った途端そう怒鳴ってきたエルに、机に足を置いて目を瞑っていたセイネリアは目を開けたものの彼を見ずに答えた。

「そうか、なら言われた通りにしたか?」
「おぅ、機嫌よく帰って行ったぜ」
「ならいい」

 警備隊が文句をいいに来た理由をセイネリアは分かっていた。あまりに大量の死体を出したせいで、その死体処理をするのに苦労しているのだろう。このクリュースでは死体が見つかった場合、基本はその死体の家族やパーティ仲間等、死体の引き取り人が片付ける事になっている。ただ今回は数が多すぎて全ての死体の身内にいちいち連絡をしきれないのと、仲間全員が死体になっていて引き取り手がいないという状況になっていると思われた。
 引き取り手がいない場合は警備隊が掃除をしなくてはならない訳だが――あの数なら仕事を投げたくなっても仕方ない。それが出来なくても、その死体を作った連中が分かっているなら文句をいいたくなって当然だろう。

 だからセイネリアは、予め警備隊あてに文書を作っておいた。早い話が、寄付の誓約書だ。冒険者同士の争いによる殺人は罪にならなくても、あまりに酷いと建物や道に傷や血をつけて汚したという罪に問われる事がある。今回の件ではその可能性が高かったから、迷惑をかけた詫びを兼ねた死体処理代として、警備隊に寄付をするという誓約書を先に作っておいたのだ。額としては向うが請求してくるだろう金の倍くらいを書いておいたから、彼等もおとなしく引き下がってくれたという訳だ。

「そういや……まぁお前なら分かってると思うけどよ、街では今日は俺たちの噂で持ち切りみたいだぜ」
「そうだろうな」
「ちょっと街中歩いてきた団員がさ、皆恐れるように遠巻きに見てひそひそ話してるって言ってたぜ」
「そうか、効果としては十分だ」

 こちらに危害を加えようとすれば同じ目に合う、とそれを見せつけるための報復行動であったのだから当然の結果だ。驚く事でもないし、団員達もそんな扱いを今更嫌がりはしないだろう。
 ただそれで暫く沈黙が降りた後、エルはらしくなく低い声で言ってきた。

「悪い噂がまた増えて、お前としては更に箔がついたってとこか?」

 彼が怒っているのが分かったから、セイネリアはそこで初めて彼を見た。
 エルの目は確かに怒ってこちらを見ていた。セイネリアは机から足を下ろして彼に向き直った。





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