黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【45】



 セイネリアは強い。特に今、あのヤバイ剣を手に入れた後の彼なら、例え敵が団体でやってきても負けはしない――それをエルは誰よりも実感として分かっているつもりだった。

――そンでも怪我くらいはするかもしれねーし、想定外のなにかが起こるかもしれねぇだろーが。

 呼び出した場所と位置が分かっているなら、エルにはいかないという選択肢はなかった。ただ彼の足を引っ張る気はないから、敵前にノコノコ出て行ったりはしないし、絶対気づかれるから彼のあとをつけるなんて事もしなかった。
 先に行って、隠れて待っていただけだ。
 そうすれば敵と思われるアッテラ神官達がその場にやってきて、エルはそれを見てここにきてよかったと思った。とにかく今回、エルは嫌な予感がして仕方なかったのだ。
 
 前回、セイネリアが馬鹿共を一人で潰しに行くと行った時も納得はいかなかったが――相手はどうみても頭が悪そうだったし、今まで何度も彼が一人で大勢を倒してきた時と同じような連中だと思ったから大丈夫かと思えた。

 だが今回はアッテラ神官が相手だ。しかもセイネリアの言うところでは真っ当な神官だという事で、アッテラ神官が復讐のためになりふり構わず戦いを挑むとすれば――限界まで強化を掛けた狂化があり得る。いくらセイネリアでも相手が死ぬつもりで人外の力を使うのなら、楽に勝てる、とは言い切れないだろう。

 勿論それでも彼が負けるとは思っていない。だが大けがをしたら手遅れになる前に治療をするなり他の奴に知らせるなり、とにかく見てる役は必要だと思った。というか一番は――自分が見ていないところで彼に何かあったら絶対後悔するから、というところなのだが。

 そこで明らかに神官達の様子が変わったから、エルは彼等の視線の先を見る。そうすれば思った通りセイネリアがやってきていて、その緊張感に見ているだけのエルも唾を飲み込んだ。

「俺に恨みがある連中を集めた首謀者はお前か?」

 セイネリアの声が響く。そうすれば神官達の中で一人だけ戦闘用の装備をつけた、いかにもこいつだろうという人物がそれを肯定した。

「お前が俺を恨むのは分かる。非難するだけなら気が済むまで聞いてやったんだが……セウルズは貴様に復讐など望んでいなかっただろうに」

――やっぱり、知ってる奴だったのか。

「黙れっ」

 セイネリアの声には相変わらず感情の欠片もないが、そう言われた神官は突然激高して怒鳴り返す。エルは考える――セウルズ、どこかで聞いた名だ。とにかくその人物が原因であの神官がセイネリアを恨むようになったのは確かだろう。

「俺と戦いたいだけなら最初から呼び出せばよかっただろ、こんな回りくどい事をしなくてもいつでも応じてやったぞ」
「えぇ、そうでしょうね。でも……勝てない可能性が高いと思いましたから」

 だから人質を取ろうとした? ……と、考えると少し辻褄が合わない気がした。確か首謀者周りの連中はセイネリア以外には危害を加えない方針だった筈だ、とエルは顔を顰める。だがすぐにその理由は分かった。

「勝てないから人質を取る、そこまで落ちてはいないんだろ?」
「そうですね、貴方以外の人は攫うだけで危害を加えるつもりはありませんでした。ただ……貴方に大切な人が奪われる苦しみを少しでも味わわせたかっただけです」
「そのために恨みのある連中に声をかけて集めたのか?」
「はい、人手が必要でしたし、そのせいで何でも思い通りにしてきた貴方もこちらの実体が掴めなくてさぞ不快な思いをした事でしょう」

 つまり、勝てないかもしれないから、その前に出来るだけセイネリアに精神的苦痛を味わわせたかった、というところだろうか。そういう事であれば意図は分かるが……それが本当なら、彼としてはリオの死は想定外だったのだというのも想像できる。

「だから……死んだ貴方の部下につきましては……申し訳ありませんでした。彼の遺体は私が勝っても負けてもここにいる彼らがお返しします」

 エルが襲われた時もおそらくそうだったのだろうが、リオを捕まえた目的は拘束だけで殺すつもりはなかった。だがリオはセイネリアに迷惑をかけるくらいならと自害してしまった。おそらくセイネリアは首謀者が誰かわかった時点でそこまでを読んだのだ。だから――首謀者の神官が当初の計画を全部破棄してセイネリアの前に現れるだろうと予想した。

「すんなり出てきたのは、俺に失う苦しみを与えたからもういいと思ったのと、リオを死なせた事に対する贖罪の意味もあるのか」
「そうですね……彼を殺す気はありませんでした、本当に」
「お前が集めた連中が大勢死んだのは構わないのか?」
「彼等は死んだほうが世の中のためになるような連中ばかりでしたから」

 そこでセイネリアは剣を抜いた。

「お前の本心はどうあれ、お前の計画でリオが死んだ事実は覆らない。だから俺はお前を殺す、部下の死は報復をもって弔うと約束しているからな」
「はい、私も我が師のために、貴方を殺します」

 神官も剣を抜いた。そうして彼は、そのまま術を唱えていく……いくつも重ねるようにかけていくそれは、限界までの強化と、痛覚を切るためのものだった。

――やっぱり、そういう覚悟か。

 今の話を聞いただけでも相手の覚悟は分かる。だから当然、そういう事になるのも――だがそうして向うのやりとりにすっかり意識が行っていたエルは気づかなかった。いつの間にか音もなく、背後にはカリンが立っていた。

 エルの目の前に赤い石が下りてくる。その後の記憶はなかった。




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