黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【38】 馬の準備が出来た、という報告を受けて最後の1隊のところへ行くため、エルは傭兵団の廊下を歩いていた。 セイネリアが悪名高い――せいもあるのだろうが、そもそも入団希望者が腕に自信がある人間だからというのもあって、黒の剣傭兵団の団員は基本、血の気の多い、好戦的な人間が多くはある。 だから報復計画については団のほとんどの人間が参加を志願した。 セイネリアは今朝のうちに、団員達を集めてリオが敵に捕まった事とその脅迫内容を皆に伝えていた。それから以前の宣言通り、向こうの要求はのまない事と相手に対して報復を行う事を告げた。そうして最後に、報復に参加する者はいつでも行ける準備をしておけと言ったのだ。勿論、報復に参加しない者にも特にペナルティを与える事はないから来たくない者は来なくていいとも言っていた。それでもエルとクリムゾンが団に帰って声を掛けたら、ほとんどの者が準備済みで待っていたという訳だ。 ――リオの人望があったってのもあったろうし……あとはあいつの下なら勝てる戦いだろうってのもあるかね。 正直エルも、セイネリアが自ら動く戦いなら負ける気は全くしない。長く付き合ってきて彼と何度もヤバイ修羅場をくぐってきた上でそう思うのだ。セイネリアを恐れて彼に絶対服従感覚の連中からしてみたら、彼に対する信頼ぶりも絶対的だろう。 「待たせたな、馬の準備が出来たから行ってくれ。おそらく人数は多くて20人程度だろって話だが、なにせ馬に乗ってるしヴィンサンロアの奴もまだいるかもしれねぇから気をつけンだぞ。もし何か想定外のヤバイのがあったら無理せずマスターが来るまで逃げといていいからな」 「了解、分かってますって」 セイネリアは呼び出した連中を壊滅させたが、おそらく何の連絡も来ないのにしびれを切らして仲間が確認にくる筈だと言っていた。報復実行の最後の隊であり一番の大所帯である彼等はこれからそいつらを始末しに行くのだ。 彼等を見送ったら、とりあえずエルの仕事は一旦終わりだった。 セイネリアは聞き出した連中のアジトを一旦エデンスに見てもらった上で、各アジトについての場所の指定と戦力等の情報をメモにして渡してきた。それを見て襲撃役の連中を割り当てるところまでがエルの仕事だった。ちなみにカリン側にも同じメモが行っているそうで、そちらからも連絡役を兼ねてフォローに1、2人出してくれているらしい。 エルは実際の現場突入はしないで、団に残って救援要請があったり、ケガ人が出た場合に術者達に指示を出したり等、イレギュラーに備えておいてくれと言われていた。早い話が留守番だ。 ――多分、気ィ使ってくれたんだと思うけどよ。 エルは得物の関係で向いていないのもあるが、人殺しをする事前提の役は基本的に回ってこない。傭兵としての仕事の時だって大抵は術者枠扱いで、プラス他の術者連中の護衛も兼ねるという役回りばかりだ。 確かに仕事なら迷いなく人を殺せるかと言えば難しいが……最近では少し、それに疎外感というか申し訳なさというか……寂しさを感じる事もある。最初から相手の人間を殺すつもりで戦う時、セイネリアはまず一人で敵の中に突っ込んでいく。その強さはあまりにも圧倒的過ぎて、エルがフォローする必要なんて全くない。そしてそういう時に彼について残りの連中を処理するのもエルの役目ではなかった。それはカリンかクリムゾンの役目だ。今回も、報復組を実際率いて戦うのはクリムゾンである。 セイネリアは味方に対して向いてない、やりたくない仕事はさせない主義だから、エルをそういう役目に置いてくれているというのは分かっている。だからだと分かっていても、化け物退治をしていた時からするとどうにも彼が遠くなった気がしてしまうのは仕方がない。例の魔剣でさらに距離が広がったというのもあるが――少なくとも、もう彼の背中を守る役目は自分ではない、という思いがある。 ――ばっかじゃね、最初からあいつがとんでもない化け物で、将来絶対に上に行く奴だって分かってたじゃねぇか、俺は。 それでも、彼が自分に期待する役目が前と変わった訳じゃない。役職を与えられてやる事が増えても、基本的には彼と他の人間の間に入ってやりとりを円滑にするのがエル自ら名乗り出た自分の役目だ。そうしてセイネリアは――彼自身あのころよりも更に手の届かない化け物になってはいても、彼の自分に対する扱いは変わっていないのだ。なのにこんなに距離を感じるのは……。 ――今はもう、俺はあいつの相棒、とは言えねぇからな。 力に差がありすぎて、現状で堂々とそう言える程恥知らずじゃない。それに今は、エルだって彼に対して何でも腹を割って話せている訳ではない。自分自身でも、隠し事がある後ろめたさで彼との間に壁を作ってしまったという自覚がある。 だがこれも、彼と組むと決めた時から予想していた事ではあるのだ。 彼といればいつかきっと、相棒からただの部下の一人になる日がくると。 --------------------------------------------- |