黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【39】 セイネリア・クロッセスに恨みがある人間――とは言っても、その名目で集まった連中の中にはセイネリアの恐ろしさを噂でしか分かっていない人間も多かった。なにせ直接セイネリアが戦っている姿を見た事がある人間がそもそも多い訳ではなく、友人や身内が殺されたり、状況的に追い込まれて立場を潰されたせいで恨んでいる人間も多かったからだ。 だからそういう人間達は、常識的な範囲で考えて自分達が有利だと思う状況にあるなら相手の力を見誤る。噂など誇張が入って当然だと考えて、相手を見下し、その力を見くびる傾向がある。 「……なぁ、誰にも会わねぇのはおかしくねぇか?」 それでも馬鹿共の中にも一人くらいはそれなりに考えられる人間はいるものだ。その声に数人が馬の足を止めて顔を見合わせた。 「本気で……全滅、してるかもな」 「なーにが眠らせれば化け物も関係ないだ、やっぱアルワナなんか信用しちゃだめだったんだ」 「でもよ、助けを呼べたなら何人かは逃げられたって事じゃねぇか?」 「こっち方面に逃げられなかっただけとかは? 荒地や山の方に逃げてたら暫く隠れて様子見してるかもしんねーじゃん?」 「あの人数だからな、一人残らずってことはないだろ。ヤバイと思ったら逃げただろうし、馬でバラバラに逃げれば誰かが追いかけられてる間に逃げられた奴もいる筈だ」 ただ大抵の馬鹿は、おかしいと思った事を都合のよい方向に理由付けしてない事にしてしまう。 セイネリア達を呼び出した仲間達は失敗して、おそらくはほぼ壊滅したのだろうと思っていて尚、これだけの人数がいればと危機感を持たない。止まった連中に気づいて戻ってきた者達が彼等に声をかけてくる。 「そもそも、連絡が来てからもう結構経ってるからな。セイネリアだってもういないだろ」 「ま、そうだろうな」 だからこそ彼との戦闘はまずないと思って、20人も集まったというのもある。 日はすでに傾いている。帰ってくる頃には暗くなってきているだろうと分かっていたから、荒野の化け物対策と逃げた仲間を探して回る事も考えて人数は必要だった。助けを呼ばれた時点で行っても手遅れなのは確実だったから、仲間の死体回収と逃げられた奴を助けるつもりで彼等は来たのだ。 「林を抜けたら見通しが良くなるからな。一応気をつけろよ、奴がいたら即逃げるぞ」 「いや大丈夫でしょ、この人数がいりゃ」 「カデラ達の面子で勝てなかったんだぞ、逃げた方がいいだろ」 セイネリアの戦いぶりを遠くからとはいえ見たことがある人間も中にはいたから、全員が能天気な馬鹿ばかりではない。それでも全体的に緊張感の欠けた連中は、一応は林をぬけてからは慎重に馬を歩かせ……そうして、その惨状を見つけた。 「おい……あれって」 「うぇ……」 現場につけば全員が言葉を失う。 そこには死体が転がっていた。おそらくは十数人分……ただ腕や足が別々に転がっていたり、体のいくつかの部分が足りない死体が多かったから正確な人数は分からない。 その理由は見てすぐにわかる、化け物や動物達に食い散らかされていたからだ。そしてそれでも尚、体が残っていた理由も分かる。どうやら敵は仲間達を殺した後、死体の上から地面に向けて武器を刺し、死体を持っていかれないようにしたのだ……いや。 「見ろよ……藻掻いた後がある」 「……こっちもだ」 自失して暫くは声も出なかった連中が仲間の死体を集めだせば、あちこちからそう声が上がる。つまり敵は、まだ生きてる人間を地面に串刺しにして逃げられないようにしたのだ。 それが分かれば生きたまま化け物の餌になっただろう仲間の最後を想像出来て、皆の顔が益々青くなっていく。 「さ、さっさと回収してすぐここを離れるぞ」 作業の手さえ止まってしまった者達に向かって、かろうじてまだ頭が動く男がそう怒鳴った。それでまた皆動き出したが、それでも動作は重く顔は青いまま、誰も声を出せなかった。よく見れば死体に刺された武器はどうやらほとんどは死体本人のものらしく、剣はともかく斧や槍などは刃は完全に地面に埋まっているくらい深く刺さっていて引き抜くのが不可能なものさえあった。一体どれだけの力でそれを刺したのか……考えただけでも恐怖心が膨れ上がる。 ただ幸いともいうべきか……動きだせば回収作業は思ったよりも早く終わりそうではあった。これだけの人数で来た理由として、十人以上の死体や怪我人を運ぶことを考えたというのもあったのだが、食い散らかされた死体は想定よりもずっと質量的に少なくなっていたからだ。 「どっかに持っていかれた奴までは探さなくていいだろ、それより逃げた連中がいるかもしれないからな、そっちを探しにいこう」 あらかた終わったところで誰かがそう声を上げれば、青い顔に幾分か安堵を浮かべて皆は馬のところに戻ろうとした。 だがその時――空に風笛が鳴った。 それと同時に彼等の周囲を囲むように黒い人影達が現れる。 よく見ればその黒い影は光の加減で黒く見える訳ではなく、それぞれが黒い服装をしていて――それに気づいた時にはもう、彼等には絶望しかなかった。 --------------------------------------------- |