黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【37】



「やっぱり……あの化け物を捕まえるのなんて無理だったんじゃ……」

 誰かが言えば、皆顔を青くして黙る。
 そうして皆が何も言えなくて黙っている中、ドンドン、と部屋の中に続く扉が叩かれた。ビクリと飛び上がって驚いた面々は扉を凝視する。

「誰か、帰ってきたのか?」

 ここはつぶれて無人となっていた宿屋の倉庫用の地下室で、入口はこの扉しかない。上の階には見張りがいたから、敵が来たなら先に上から争う音が聞こえた筈である。

「誰か……覗いてこいよ」

 扉の上には覗ける小窓がある、勿論中からしか開けられない。そこから見てくればいいだけなのだが、お互いに顔を見合わせて誰も行きたがらない状態だった。

「おい、誰か……」
「言ったんだからお前が行けよ」
「いや、でも俺は背ェないから背伸びしないと……だから背のあるやつにさ」
「誰だって嫌に決まってんだろ」

 そこでまた、ドン、と扉が大きく音を鳴らして軋む。というかこれはおそらく向う側から蹴られたのだ。少し傾いたように見える扉を見れば、さすがにこのまま放置出来ないというのは全員が分かっていた。

「……なら、全員で、いくしかねぇ」

 一人が言って剣を抜けば、心細そうな顔をしつつも皆それぞれ武器を手に持つ。そうして慎重に扉へ向かうとその前を囲んだ。もし敵だったとしても狭い通路からこちらへ入ってくる段階で、こちらが有利な筈だった。
 扉がまた、ガン、と大きな音を立てた。だが今度はただ叩かれただけではなく、木製の扉に金属の刃先が現れた。そこからすぐにまた扉は攻撃を受け、先ほどよりも更に刃先が大きく表れた、おそらくは斧刃だろう。そこからは次々と、向こう側から扉に向かって斧が振り下ろされる。そうしてとうとう、斧刃は扉を固定してあった扉のかんぬきである板にまで届いた。
 ごくり、と喉を鳴らして、部屋の中全員が武器を構える。
 その直後、向う側から一際強い力で蹴り飛ばされた扉は破壊音とともに開かれた。

「死ねっ」
「野郎っざけんなっ」

 準備をしていた面々は一斉に扉の先に向けて武器を振り下ろす。だがそれらはすべて、扉の向こうにある壁を叩いただけだった。

「え?」

 一瞬訳が分からず困惑したが、叩いたのが壁ではなく大きな盾だという事に気づいて、男達は引いた。……それは勿論、既に遅かったが。
 大きな盾の上から何かが投げ込まれる。それはこぶし大の球状のもので、次々投げ込まれたそれはあるものは困惑している男にぶつかり、あるものは床に落ちた。そしてそのどれもが何かに当たると同時に煙のようなものを吐き出し、あっという間にその煙が扉前に集まっていた全員を包んだ。

「うぇっ、げ、げっ」
「ごふ、ごほ……なんだ、こりゃ」

 煙というよりおそらくは細かい粉が舞っている状況で、目が痛いやら息が苦しいやらと、男達はパニックに陥った。
 目も開けられず状況も確認できずにそれぞれのたうちまわる連中は、だがその中で小さな悲鳴を聞く事になる。

「おい、誰かっ、どう、なってんだっ」
「何だ、何が……がぁっ」
「うげっ」

 明らかに何かが起こっている。敵が入って来ている。そう思って目は開けられないながらも身構えて周囲の音に注意すれば、悲鳴が聞こえる度に聞こえる声が減っている気がした……いや、確実に咳き込む声が減っていた。そうして自分以外の声が聞こえなくなったところで、最後の一人である男は背後から知らない男の声を聞いた。

「お前で、最後だ」

 それを聞いた直後、男は喉を斬られて悲鳴も上げられずに床に倒れた。

 倒れた男を確認して、口元を布で覆った赤い髪の男が扉に帰って行く。次に行くぞ、とその男が告げれば、盾を持っていた男と細身の剣士風の男が急いで階段を上がっていく。3人は皆、黒いマントをつけていて、その装備の胸には黒の剣傭兵団のエンブレムが描かれていた。




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