黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【34】



 グクーネズ卿の屋敷は、外から見て特に変わりはなく、怪しいところはなかった。
 エルがここに来てから、特に来客者もない。
 あらかじめ貰っている過去の出入り記録を確認したりもしているが、昨日の怪しい馬車以外は特におかしいと思うのもなかった。

「まさかと思うが……こっちは関係ねぇのか」

 あまりにも何も起こらないから、思わずエルはそう呟いた。
 とはいえ外から分からないだけで屋敷の中で何かごたついている可能性はある。そこはエデンスが来てからでないと分からない。

 結局のところ、呼び出してきた連中相手にはセイネリア一人だけで向かう事になった。勿論、エルは文句を言ったが彼の決定なら逆らえる訳がない。エルはセイネリアの指示でクリムゾンと共にグクーネズの屋敷の方を見張る役となった。他にも奴らとの協力関係が疑われているところにはカリンの部下が配置されていて、何かあれば連絡がくる事になっている。エデンスはセイネリアについていったが必要がなくなり次第首都に戻ってくるらしい。そうしてどこかで動きがあれば彼が見て屋敷へ侵入するかどうかを決める、という段取りだった。

 エルとクリムゾンがここにいるのは、今のところここにリオが捕まっている可能性が一番高いからである。つまり、動きがあり次第屋敷の中へ突入するつもりでいるのだが、不気味な程に外から見たところでは今のところ何の動きもなかった。

「確かに、あれから動きがなさ過ぎて何とも言えないのですが……」

 そう言ってきたのは元からここを見張っていたカリンの部下のシーリアという女性で、彼女の言うところでは昨日3度もやってきたという馬車もそれ以降はまったく来ていないという事だった。だから勿論、馬車の行き先も追えていないという事で、ここにリオがいるのもかなり怪しくなってきていた。

「お?」

 そこでエルは、クリムゾンが動いた気配に気づいてそちらを見た。そうすれば疲れた様子のクーア神官が立っていて、正直なところ少しばかりほっとした。

「お疲れさん」

 思わずそう声を掛けてしまえば、エデンスは肩を竦めて苦笑する。

「本当にな、ウチのマスターは人使いが荒い」
「そらな。で、セイネリアの方は?」
「……まぁ、心配ないだろ。むしろ心配するのは敵さんの方だ」

 エルとしても大丈夫だろうとは思っていたが、そう返されるとヘンな笑いしか出て来ない。それ以上彼の話を聞いても怖い話しかなさそうなので、頭を切り替える事にする。

「あー……んじゃま、疲れてるとこ悪ィけど、ちょっと中見て貰えっかね」
「あぁ、今見てるよ」

 言われれば、確かに彼の目は屋敷の方を向いていた。

「どうよ、連中バタバタしてる様子あっかね? あんたが来たって事は、俺らを呼び付けてきた連中は今頃セイネリア相手に悲惨な事になってんだろ? 連絡が来てたら騒ぎになってると思うんだが」
「……いや、特に何かあった様子はないな」
「まだ連絡が来てねぇとか?」

 誰も出入りしてないのだからその可能性も高いが、異常を知らせるだけなら連絡手段はいくらでもある。もしグクーネズ卿のところにリオがいるなら、緊急の連絡が来ている筈だろう。

「つまり、こっちにいるってアテは外れたってことか?」

 嫌な予想だが聞いてみれば、エデンスはじっと屋敷を見たまま呟いた。

「そうだな……その、可能性も高い、が……」

 互いに考えながら黙ってしまえば、そこで意外な声が上がる。

「怪しい馬車が3回……なら、連れて来てまたどこかへ連れて行った可能性もある」

 たまにしか発言しないから声が聞こえると何か身構える。相変わらず無表情極まりない男を、エルは少し驚いて見返した。

「あー……まぁ、確かに、それもあるか」

 クリムゾンはそれに返事を返すでもなくまた何も言わなくなる。彼の場合、セイネリア以外が相手だと、一方的に言いたい事を言うだけで会話をしようとしないから困る。
 ただ考えれば確かに彼の言う事もあり得るとは思う、だが。

「何のために? わざわざ貴族様の屋敷に連れてきてすぐに移動させる意味はないんじゃないか?」

 エルが言うより先にエデンスが言えば、クリムゾンはクーア神官の男を見た。なんだこいつちゃんと相手に反応出来るんじゃねぇか――と思ったエルだったが、彼がそれに返した言葉の内容にぎょっとする。

「例えば、既にリオが死んでいるなら?」

 沈黙が下りる。
 言われればその可能性がないとは返せなくて、エルはごくりと唾をのんだ。

「いや……だってよ。……だったら、あんな手紙寄こさねぇだろ……さすがにさ」

 言っていて自分でもそれが希望的発言だというのは分かっている。
 クリムゾンはまたそれで会話をする気がなくなったらしく、視線を屋敷の方に向けた。

「可能性がある、という話だ」

 そのまま視線をそちらに向けたまま黙ってしまったから、エルは頭を掻いてエデンスの方を見た。彼は深刻な顔をしながらも考えていたが、こちらの視線に気づくと顔を上げ溜息をついた。

「まぁ……そうだな、こっちは動きがないようだから、俺は一旦他を見てくる。一通り見てきたらすぐ帰ってくるよ」
「あぁ、頼むわ、お疲れさん」
「じゃぁな」

 それでクーア神官は姿を消す。他で何かあって人手が足りなければ呼びに来る筈だし、何もなければ彼の言った通りすぐ帰ってくるだろう。何もないまま過ぎたとしても、セイネリアが帰ってくれば次の指示もあるだろうし。

 それで先程と同じく館の監視に戻ったエルだったが、エルが思うよりも早く、それから大した時間も立たずにエデンスは帰ってきた。
 しかも、セイネリアを連れて。
 ぞっとする程冷たい空気を纏った黒い男にエルが声も出せずにいると、彼は落ち着き払っているのに背筋が凍るような声で告げた。

「計画変更だ、リオは死んだ」

 エルが動けない横で、クリムゾンだけが恭しく頭を下げた。




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