黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【33】



「うぉぉおっ、セイネリアぁぁっ」

 叫ぶ事で自分を鼓舞して、思い切った一人がこちらに向かってくる。それで他の者も一斉にこちらに向かって走り出す。
 最初の男は邪魔だから、身を屈めて剣をやりすごし足を引っかけて転ばせる。その後2人が同時にきたからその両方の剣をまとめてこちらの一振りで叩き落とす。ただ手前にいた男の方は刀身ではなく十字鍔のあたりを叩いたから、剣と共に指が飛んだ。

「があぁぁっ」

 悲鳴が上がる。男は自分の手を掴んで蹲った。剣を落としただけの男は後ろに下がったが、それと入れ替わるように別の男が突っ込んできて剣を振り下ろしてくる。それを避けて前に出て、セイネリアは柄頭で男の横腹を叩く、刀身を戻すよりこの方が早い。

「死ねぇっ」

 次は左右から来たから一歩引く。同士打ちになりそうになって互いに剣を止めようとしたから、そのわずかな隙に目の前に八の字を書くよう剣先を走らせる。次の瞬間、彼等は一本づつ、肘から下の腕を失う事になった。

「う、わ……化け物め……」

 今、目の前に立っているのは2人。1人は最初に攻撃を仕掛けて来て転ばされた者、そうしてもう一人は指を落とされた者と一緒に掛かって来て運よく剣を叩き落とされただけで済んだ者だ。さすがにここまで人数が減ったあとだと、彼等の目には怯えしかない。こちらが前に出ればその分後ろにさがるだけで、そうそうに向かってこようとはしない。

 ただ、彼らが怯えていても、まだ戦意を喪失していない事も分かっていた。当然、その理由も。

 セイネリアはマントの端を持って大きく振り上げる。うわ、と背後で声が上がって、セイネリアは剣を右手一本で持つと腰を落としながら振り向くように背後へと振りぬいた。悲鳴が上がる、手ごたえ的にこれは殺したかもしれない。

――まぁ、1人2人は仕方ない。

 情報が欲しいから生かしておくつもりはあるが、加減してやる理由はない。思いながら、剣を振り切った勢いのまま一回転して前に向き直り、同時に剣を両手で持って下から上へと振り上げた。

「がぁっ」

 前に現れていた人物の両手が持っていた短剣ごと吹っ飛ぶ。それでもまだ立っていたから蹴り飛ばせば、そいつも地面で悲鳴を押し殺して転がっていた。

――流石に、ヴィンサンロア信徒は痛みには強いか。

 振り向けば、背後から襲おうとした男は地面に転がってまだ生きてはいるようだが殆ど動いていない。まぁ内臓が出ているからこれはもうだめだなとセイネリアは冷たく見下ろす。

 影があればヴィンサンロアの信徒二人は姿を隠してやってくると思っていたから、セイネリアはわざと木の影の近くにいた。思った通り、連中が一気に突っ込んでくるときにこの2人は消えた。それでもセイネリアには追えていたから意味はないが、そのまま林の中へ逃げられたら厄介だとは思っていた。だからいかにも消えて攻撃して来やすい位置にいてやったのだ。

「ひ……」

 セイネリアが残った連中の方を見れば、今度は完全に表情を絶望に変えた男2人がこちらを見ていた。だがセイネリアはそれを無視して走り出す。狙いはキオットの馬だ。

「え? あ、わぁっ」

 間抜けな男は仲間がアッサリやられる様に呆然としていたところで、セイネリアが走って来て初めて狙いは自分なのだと気付いた。しかも気付いた時に焦り過ぎて馬を変に叩いたらしく、馬が驚いて走るよりも前足を上げて立ち上がってしまった。

「くそっ、早く走れっ」

 おかげでセイネリアは馬が暴れている間にその場についた。馬は割合上等だから勿体ないが――その足を斬りつけた。馬が暴れて当然、キオットの体は宙に舞う。こいつを逃がす訳にはいかない。

「くそぁっ」

 割合近くにいた戦士風の――おそらくアルワナ神官である男が斬りかかってくるが、セイネリアは剣を弾いて腹を蹴り飛ばした。派手に吹っ飛んだが怪我は大した事はない筈だ、この男を殺す気はない。
 だがそれを見届けてから地面に転がるキオットの方へ行こうとすれば、まだ無事な2人がこちらに向かってきていた。

――見捨てて逃げなかったのは褒めてもいいが。

 だが残念なことにどちらも、この状況をどうにか出来る程の腕はない。
 セイネリアは走り込みから前に突き出された剣を避ける。そうすれば男はセイネリアの横を通り過ぎ、その後ろ足をセイネリアは蹴る。自分の走る勢いと蹴られた力で男の体は前につんのめり、そのまま地面に頭から転がって動かなくなる。そこで最後の1人がかかってくるが、勿論それも避けて装備のない横腹を刺した。

 そこで馬が一頭、大きく嘶いて走りだす。
 風はいつの間にか止んでいた。それも当然で、その風を起こしていたマクデータ神官が今、走り去った馬に乗って逃げたからだ。恐らく風の術を馬に入れて全力で逃げたのだろう。
 ただそれを分かっていてもセイネリアは別に追うつもりはなかった。冒険者法的に戦争外で非戦闘職の神官を殺すと後が面倒というのもあるし、セイネリアもエデンスも神官の顔を見ている。なら別に逃がしても構わない。

 地面に転がっているキオットの方を見れば、命に別状はないだろうが逃げられる程軽症ではなさそうだった。ならば放置してもいいかとセイネリアはキオットの近くで腹を抱えて咳き込んでいる男の方へと歩いていく。そうして、おそらくはアルワナ神官であろうその男の髪を掴んで顔を上げさせた。

「貴様はアルワナ神官だな? ……命は惜しいか?」

 セイネリアが笑ってそう尋ねれば、青い顔で周囲を見渡した男は諦めたように目を伏せて、はい、と呟いた。

「なら、やってもらいたい事がある」

 敵側の人間でも、使える人間は使えばいい。セイネリアは男の髪を掴んだまま、引っ張り上げるようにして男を無理矢理立ち上がらせた。




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