黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【32】



 連中はそれなりの人数という事もあり、更に1頭に2人で乗っている者や徒歩もいたため馬は走らせてはいなかった。だからエデンスがいなくなった後馬を走らせたセイネリアの方が楽々先回りする事が出来た。

 セイネリアは馬から降りて、相手を待った。
 本来なら、馬に乗っている相手に向かうのなら馬に乗ったままの方がいいのは常識だ。だが馬に乗っての攻撃だと相手を殺さないようにするのが難しい。加減をするなら馬上でないほうが楽だ。

 さて――連中の影が見えた辺りで、セイネリアはゆっくりと剣を抜いた。

 握りしめて軽く振り、手ごたえを確かめる。相手は13人――魔槍を呼べば早く終るのは分かっているが、生かしておくつもりなら普通の剣の方がいい。
 暫く待てば向こうもこちらを見つけたのか、前にいた数頭が急に走り出して後ろを引き離してやってくる。こちらは徒歩で一人、向こうは人数も多い上に馬に乗っている。これだけ有利な状況を作ってやったのだ、嬉々としてつっこんできてくれないと困る。

 馬鹿者共が何か叫んでいる。
 下品な笑い声が馬の蹄の音と共に近づいてくる。
 けれどそれが耳の横を通り過ぎると、それは悲鳴と馬の嘶きに変わった。

「止まれ、止まれっ」
「おいっ、突っ込むなっ」

 さすがに先頭にいた2頭が派手に地面に倒れれば、後続の連中は急いで馬を止めた。馬から放り出された2人の内1人は運悪く馬の下敷きになったようで、戦力としてはもう使いモノにならないだろう。もう1人は地面を這って逃げているが、歩けないようだからこれも放っておいていい。助けてくれと仲間を呼んでもいるものの、他の連中はそちらを見る余裕もない。馬を止めて距離を取ったまま、連中の目はじっとセイネリアだけを見つめていた。

「どうした、大サービスで俺1人だけで来てやったぞ。どうせ俺が一番憎いんだろ? 好きなだけ殺しに来てくれて構わんぞ」

 連中は顔を見合わせる。そうして後方にいる連中から馬を降りだした。馬に乗っているとどうなるかを先頭の2人が身をもって教えてくれたせいだろう。ただ勿論全員降りた訳ではない。2人乗りしてた連中の後ろにいたのは全員降りたが、馬に慣れてそうな者3人程がまだ馬に乗っていた。その中で一番後ろにいた、騎士だと分かる恰好の男が怒鳴った。

「一人なら丁度いい、皆でなぶり殺しにしてしまえばいいではないか」

 あれがキオットだろうな――装備はまぁまぁだが、全身甲冑とまではいかない、貴族とは言ってもそこまで金も地位も高い訳ではないのは見ただけで分かる。そういえば騎士団でも悪名を馳せたセイネリアだが、主にそれは競技会の戦いぶりからであるから多人数を相手にした戦い方をお偉いさん共は知らない。ならあの馬鹿が人数が多ければ強気でいられるのも当然かと思う。

 とはいえ……ここにいる連中の何人かは、セイネリアが人数さえいれば勝てるような相手ではない事を知っている筈だった。

 降りて戦闘態勢をとりながらもこちらに向かってくるのを躊躇する、それがなによりの証拠だ。連中はちらちらと仲間を見ながら少しづつこちらを包囲するように近づいてくる。最初は誰から攻撃を仕掛けるか、互いにけん制するために見ているのかと思ったが、それが少し違う事に途中で気が付いた。
 彼等の視線は主に面子の中の黒い恰好の2人と、後方――キオットの傍に護衛のようにしている男に向けられていた。そしてそのキオットの傍にいる男は、セイネリアをじっと見ては険しい顔をしていた。

 成程――セイネリアは、そこで大体の状況を理解した。
 多分、キオットのところにいる男は一見腕っぷし自慢の戦士系に見えるがアルワナ神官だ。

 ハリアット夫人にただ遊ばれたのではなく未だに彼女の事を愛人だと思っている男なら、夫人と同じアルワナ信徒である可能性は高い。となればアルワナ神官にツテがあってもおかしくない。なら彼等の計画としては、セイネリア達を呼び出して眠らせるつもりだったのだろう。そして今、セイネリアを眠らせようとして出来ないという訳だ。

「あぁ、俺に直接働きかけるような魔法は効かないぞ」

 だから親切心でそれを教えてやる。こちらとしては向うが馬から降りるのも、何か仕掛けてくるのも待ってやったのだから、これ以上無駄に時間を掛けたくなかった。
 その言葉で明らかに動揺した顔をして下がる連中の中、どうやらこの中で一番マシな頭をしているらしいいかにも神官に見える男が叫んだ。

「風よ、我が祈りを聞いて我が敵を叩け!」

 風がひゅうっと音を立てて変わる。まるで神官の方向から風がやってくるように、セイネリアに対して強い向かい風となる。別に動く分にはそこまで行動の妨げになるものではないが、土埃がこちらに向かってくる分地味に効果はある。あと投擲系の攻撃は出来ないと思った方がいいだろう。
 続いて神官は連続で術を掛けていく、おそらくは足が速くなるための術だ。見えている仲間に片っ端から掛けてやっているらしい。それで我に返った連中も自分に強化術を掛けたりして慌てて戦闘の準備を始めた。

 その様子にセイネリアは僅かに口角を上げる。やっと向こうもやる気になったらしい、と。
 準備をするくらいは待ってやるつもりだった。それがせめてもの――不死の化け物と戦おうとする彼等に向けての情けのようなものだ。





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