黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【26】



「それで、帰ってきた連中は何と言ってる?」

 エルはそれに不快げに顔を顰めたが、そこで呼吸を直すために一つ深呼吸をすると幾分か落ち着いた顔で答えた。

「まずリオと一緒にいたのはマギス・テレとサダーザ・ルオンって奴で、帰ってきたのはその2人だ。で、2人の話によると、3人で買い物しに中央通りに行って露店を見て回っていたとこで、マギスが露店で金出すために一度荷物を下に置いたらそれを子供に持っていかれたらしい」

 ――そうして、3人でその子供を追いかけて裏路地へ入ったら、突然両側の壁から人が現れてマギスとサダーザは驚いている間に光るものを見せられて眠ってしまった。そうして起きたら、その近くにあった空き家に寝ていてリオだけいなかった――という事だそうだ。

「恐らく、ヴィンサンロアの術だな」

 セイネリアがそう返せば、エルも、あぁ、と呟いてからこちらを見て聞いてくる。

「確か、影に隠れて姿を消せる……ヴィンサンロアの神殿魔法はそんな奴だっけ?」
「あぁそうだ。それで姿を現した途端、眠り石を使われたんだろ」
「マギスとサダーザの言う事じゃ、眠る前にリオが何か叫んで戦ってるような音がしてたってよ。だから2人はリオだけ抵抗したせいで相手に怪我をさせたか何かで怒らせて連れていかれたんじゃないかって言ってる……んだけどさ」

 言いながら苛立って頭をぐしゃぐしゃと掻くエルに、セイネリアは断言する。

「そんな訳あるか。最初からリオを狙ったんだろ。あいつは耳がいいから、おそらく襲撃者には襲われる前に気付いた。それで戦闘になったんだろうが……」

 リオの腕なら戦闘にまでなっていた場合、相手も余程の手練れでないとそんなあっさり捕まえる事は出来なかった筈だ。セイネリアに恨みがありそうな連中で、それほどの腕がある者は思いつかない。……だが彼の性格上、仲間2人が先に捕まったのならそれを見捨てられない事も分かる。眠ってる2人に剣を突き付けられたら、リオなら剣を捨てるのが容易に想像出来た。

「引かれ石はどうした?」

 聞けばエルは一瞬、目を丸くして、それですぐ思い出したように言った。

「あいつ等目が覚めた後、リオがいないのを見てすぐ襲撃を受けたとこへ行ったみたいなんだが……そこに砕かれた石があったってさ。そりゃ反応がない筈だ」
「ならウチの団員が皆、引かれ石を持ってるという事を向うが知っていた事になる」
「確かに……そうだな」

 思考はどこまでも冷静に動く。だからいつも通り、やるべき事だけは分かる。

「エル、その襲撃された場所は聞いてあるか?」
「いや、俺はまだだ。だがエデンスが帰って来てたから急いで部屋に呼んで、2人から場所を聞いておいてくれって言ってある」
「そうか、いい判断だ」

 セイネリアは立ち上がった。そうしてすぐ出かける準備をした。……尤も、出先から帰ってきたばかりだから準備など殆ど必要ないが。

「エデンスはどこにいる?」
「おそらくまだ、連中の部屋だと思う」
「そうか、案内しろ」

 それでエルは先に立って歩き出す。セイネリアもすぐ廊下に向けて歩きだす。

「俺はエデンスと現場に行って何か手がかりがないか探す。お前は帰ってきた2人を連れて、荷物を取ったというガキを探して捕まえろ。おそらく金で雇われただけだと思うから、依頼主について聞き出せ。金で素直に言いそうならいいが嘘をつきそうならワラントの館へ連れていけ、サーファに頼む。それと、探しに出してる連中は一旦戻らせておけ」

 歩きながら指示をすれば、エルは前を小走りくらいの勢いで歩きながら、了解、と言った。彼の方はこれでいい。

 連中の中にクーア神官や魔法使いがいるとは思えないから、おそらく転送で即遠くまで逃げたとは思えない。だがこちらにクーア神官がいるのが分かっているならエデンスが『見える』ような場所にいるとも思えない。
 それでも現場へいけば何かしら分かるものがあるかもしれない。

 ただ、リオ達が捕まった時の話を聞いて、セイネリアは違和感を覚えていた。

「エル、帰ってきた2人は怪我をしていたか?」
「いや、少なくとも治してやる必要はなさそうだったぜ」
「そうか……」

 連中はセイネリアに恨みがある人間……それは確実だ。だが、セイネリア本人には手を出せないから周りに手を出す卑怯な小物、というのは少し違う気がした。
 なにせ今回、2人が無事ならこちらの被害はリオが攫われただけとなる。これまでのやり口からすれば寝ている2人をなにもせず解放するとは思えない。痛い目に合わせて恨み言の一つくらいは喚きながら、こちらへの伝言を伝えて開放……くらいはしてくるところだろう。

 とはいえ連中は一人ではなく、こちらに恨みがある複数人だ。たまたま今回は、今までとは方針の違う連中が担当していただけだったのかもしれない。ただ少なくとも今回リオ達を襲った連中は、あくまで交渉のために攫っただけでリオが無事な可能性は高いと思われた。
 勿論、それは保障されたものではない。
 向うは基本、セイネリアに恨みがあるという共通目的以外はバラバラな思惑の人間の集まりである――そう考えれば、復讐方針が人によってぶれているのは当然だ。捕まえた者は馬鹿真面目でも、捕まった先もそういう人間ばかりとは限らない。

 頭はどこまでも冷静に考えられるのに、腹に溜まる重い感覚は増すばかりだった。




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