黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【25】 「あぁ、それでいい。そのまま頼む」 そう伝えれば、水に映るカリンの顔が不安そうに歪む。 『ボスは、大丈夫……でしょうか?』 「俺か? 俺に何の心配があるんだ?」 『いえ、なんでもありません』 その言葉を最後に、彼女の姿は水面から消えた。 エルが部屋を出て行った後、セイネリアはとりあえずまだワラントの館にいるカリンと水鏡術の魔石を使って連絡を取った。ボーセリング卿の館から寄った時にあの狸親父関連の指示は出していたから、今回の連絡は主に行方不明の団員達についてだ。向うからも探す人間を出すように伝えて、あとは現状の予定を確認して終わりとした。 現状、打てる手は打った。 あとは動けるだけの情報が入るまで待つしかない。他に出来る事といえば、現状を分析していくつか予想をたて、それに対する対策を考えておくくらいだ。 セイネリアは部屋の中で一人、考えた。 実際のところ、連中が誰でもいいと思ってたまたま街にいた傭兵団の者を連れて行ったというより、リオを狙っていた可能性の方が高いとセイネリアは見ている。なにせ、デルエン領の魔女騒ぎやスザーナの盗賊役、そして上級冒険者になった途端襲ってきた連中――とくれば、団自体に恨みがあるというよりセイネリア個人への恨みで集まった連中だと思ってまず間違いない。エルやカリンも関わっていない訳ではないが、状況的に恨むのなら自分に対してになるのは当然だ。 首謀者の方も、それだけ執念深く調査して恨みがありそうな人間を集めたのならセイネリア個人への恨みで確定だろう。なにせ傭兵団への恨みなら、主に仕事の邪魔と団の評判を落とすのがまず優先されるだろうからだ。 ――まぁ、恨みなら数えきれないくらい買ってる覚えはある。 セイネリアは殺す必要のない人間は殺さないが、殺すべきだと思えば躊躇なく殺す。その人間が善人だろうが家族があろうが関係ない。武器を持って戦う意思がある人間なら、殺される覚悟はあってしかるべきだと考えている。だから殺すつもりで殺したのなら、どんな人間を殺したって心が痛む事などない。恨んで自分を殺してやりたいと思う人間がいるのは当然だと思うし、自分が死ぬ時は相当酷い死に方をしても当然だとも思っていた。 だが、今のセイネリアは恐らく死ねない。 だから周りの者に危害を与えていくのは――少なくともセイネリア自身を狙うよりは効果があると言えばある。連中としてはただ単に、セイネリアに直接復讐するのはリスクが高いと思って周りを狙っているのだろう。いかにも卑怯者の常套手段だが、それが最適解となっているのが皮肉な話だ。 なにせ、彼等はセイネリアを殺せない。苦しませるための怪我を負わせる事さえ出来ない。そういう化け物を相手にしている事を連中はしらない。自分を八つ裂きにして殺してやりたいと思っているのなら、連中に同情したくなるくらいだ。 ただ自分がそんな体であるからこそ思う事もある。 ――別に、誰がいなくなろうと問題はない。 どうせその内、自分の周りの者はすべていなくなる。老いて力を失った騎士の願い通りに自分の体が『変わらない』のなら当然歳も取らないだろうと思っている。ならば誰が消えようが、それが早いか遅いかの違いでしかない。 そう考えたら、苛立ちは消えた。いや、苛立つ感覚さえなくなったというべきか。エルの話を聞いた時から頭は冷静ではあったが、ピリピリと神経を刺激するようなささくれ立った感覚はあった。それがなくなった。 だが腹に溜まる重い感覚は消えていない。どうやらこれが、まだ自分に多少なりとも人らしい情があると言える部分らしいとセイネリアは思った。 ――俺は今、一体どこまで壊れてるのだろうな。 知らずに、喉が揺れて笑っていた自分に気づく。 何故笑っているのか、それもよくわからない。ただ、現状と自分自身を考えたら少しばかり馬鹿馬鹿しくなっただけだ。 考えていれば更に思考が冷えて行きそうな中、そこでまた廊下から騒がしい足音が聞こえてセイネリアは俯いていた顔を上げた。 足音はエルだ、間違いない。 そして彼なら、すぐに扉が開いて姿を現す。 「セイネリア、今、いなくなってた奴が……リオ以外、戻ってきたっ」 急いで来たのかエルの呼吸は荒く、彼はこちらをじっと睨んでどうするつもりだと目で訴えていた。 ――これでリオが狙われたのは確定か。 十中八九そうだと思っていたのに、やはり更に腹の底が重く感じるのだから自分でも不思議だった。ただ頭は冷静に動く、焦るような感覚はなかった。 --------------------------------------------- |