黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【24】



 セイネリアと別れた後、どうにも釈然としない気持ちを抱えてエルは廊下を歩いていた。

――セイネリアは別にリオを見捨てた訳じゃねぇ、出来るだけの手は打ってる。

 それは分かっているのだが、エルはどうしてもセイネリアの態度にムカついて仕方なかった。
 彼がどんな時でも冷静なのは分かっている事だし、別に彼にもっと狼狽えろと思っている訳でもない。でもなんというか……あれだけ最近目を掛けてやっていたのだから、もう少しリオに対して彼の個人的な感情というか、多少なりとも心配だったり、彼を気遣うようなそういうのを見せてほしかったと思うのだ。
 それでもまだそれだけなら『あの男だからな』で納得できない事もなかったが。

――そんでも、失望、ってのはねぇだろうよ。

 あっさり捕まった彼に対して、その程度の奴だったのかとでも思ったのか。っていうか、そうとしか取れないじゃねぇかよと、頭の中で怒りが沸きあがる。
 とはいえ、頭の中がカッカしているままではまずいのも分かっていた。セイネリアが帰ってきたからには何かあった場合の指示は彼がするだろうから、こちらは他の団員達にいなくなった連中が行く先に心当たりがないかを聞いて、既に指示出してる奴へ確認して――自分のやる事を考えて頭を落ち着かせようとしていたエルは、そこでこちらに向かって歩いてくる赤い髪の不気味な男を見てまた顔を顰めた。

――こういう時にも、セイネリアの指示がなきゃなんもしてくれねぇんだろうな、こいつは。

 おそらくセイネリアが帰ってきたから、また付きまとうために彼の部屋に行くところなのだろう。マイペースといえばまだ可愛げがあるが、ここに所属していてもセイネリアの事以外はまったく関心がないのだ、この男は。

――こいつに期待するだけ無駄ってのは分かってンだけどさ。

 苛々している時に見たい顔ではなかったぜ、と思わず舌打ちしたくなる。
 とはいえ別に、エルはクリムゾンを嫌っている訳ではない。戦力としては無茶苦茶優秀であるのは分かっているし、セイネリアの命令なら無条件で従うのだからそういう存在だと割り切ってしまえば特に気にするものではない。
 ……のだが、今のこの状態だとなんだか更に腹が立ってしまうのは仕方ない。それでもいつもなら彼をスルーするところだったが、この日は思わずすれ違いざまについ彼に言いたい事が声に出てしまった。

「団内で事件が起こってる時くらい、ちったぁ協力してくれてもいいじゃねぇかよ」

 言ったところで彼には無駄だろう。そう思っていたからただの愚痴のつもりだったのだが、意外な事にクリムゾンは足を止め、こちらを振り返って言ってきた。

「リオ・エスハがいなくなった事か?」

 エルは驚いて振り向いた。クリムゾンは確かにエルを見て言った。

「リオ・エスハがいなくなった事なら、別に気にする必要はないだろ」

 いや何言ってんだコイツ――としか思えない訳だが、こちらが反応出来ないで固まっていれば、赤い髪の男は少し眉を寄せて言った。

「あぁ、奴だけではなかったな」

 それで勝手に何か分かったような顔をして、クリムゾンはまたくるりと向きを変えると最初の進行方向通りに歩いていく。今のはもしかして自分に言ったんじゃなくてただの独り言だったのか、とエルが思うくらい、赤い髪の剣士はこちらの反応をまったく気にせず去って行った。

――えーと、何が言いたかったんだ、あいつは。

 彼が去ってからどっと疲れた気分になって、エルはその場で頭を押さえた。ただいいのか悪いのか、今の彼とのやりとりのおかげで怒りも急激に冷めて、エルは大きくため息をついてから団員達のいる大部屋の方へ向かう事にした。この時間になって部屋に戻った連中もいる筈だから、新しい情報があるかもしれない。
 だがそうして団員の部屋へ向かうつもりだったエルは、途中でエデンスが帰ってきた事をきいて先にそちらへ向かった。そうしてクーア神官本人だけではなく彼に連れられた面々を見た事で、事態はまた大きく変わる事になった。

 リオ・エスハを含め行方不明になった者達の内、リオ以外の2人が団に帰ってきたのだ。




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