黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【23】



 ボーセリング卿の屋敷へ行ったついでにワラントの館に寄ってカリンと話をし、さらに配下の娼館等にも顔を出してきたセイネリアが傭兵団に帰ったのは夕方近くになってからだった。
 帰って来て早々、らしくなく深刻な顔をしたエルがやってきて、話がある、と言った段階で何か問題が起こった事は分かった。

「良くない報告だ。昼前に街へ出て行って帰って来てない団員がいる。最初はそのまま飲みにでもいってるのかと思ったんだが……そいつら全員の引かれ石から反応が消えてた」

 それにはセイネリアも眉を顰める。

「呼び出し石は反応しなかったのか」
「あぁ、そっちに反応はなかったそうだ。気づいたら引かれ石から光が消えてたんだと」

 引かれ石から光が消えるという事は、普通に考えれば距離的に遠すぎる位置にいるか、魔法が妨害されている場所にいるという事である。
 セイネリアは現在、団員全員に引かれ石と呼び出し石を持たせていて、それを確認する役目の者を置いている。基本的には呼び出し石が光るのを確認してから引かれ石を確認するため、今回のように呼び出し石が光らずにいきなり引かれ石が反応しなくなった場合は気付くのが遅れるのは仕方ない。

「それで……すげー言いにくいんだが、その、行方が分かンなくなってる連中の中に……リオ・エスハがいるんだ」

 セイネリアはそこですぐに返事が出なかった。だがそれはエルに気づかれるかどうかと言える程一瞬の事で、すぐに頭が動き出す。

「そうか」

 声に動揺はない、実際思考的にも動揺はなかった。だが腹に溜まる重い不快感は感じる。だから自分が全くなんとも思っていない訳ではない事は理解している。

「ヘタに探してるのを周囲に知られる訳にもいかねぇし、とりあえず今は、酒場とかに顔がきくやつ3人だけを出して探しにいかせてる。あとはカリンには娼館周りを調べてくれって言っといた。で、エデンスは西の下区辺りを見てくるって言って出て行った」
「エデンスは戻らせろ。引かれ石が利かない場所ならどうせ見えないだろ」
「だけどさ……」
「何か分かればすぐに働いて貰わないとならない。その時に疲れているようでは困る」
「わかった。西の下区を一通り見てきたら一旦戻ってくる筈だから、そン時に待機しててくれって言っとく」
「あぁ、それでいい」

 それで一旦沈黙が下りる。エルはこちらをじっと見つめていたが、暫くして聞きづらそうに聞いてきた。

「……リオ達が狙われたのは……たまたま、だと思うか?」
「たまたまの可能性もあるし、意図してリオが狙われた可能性もある」

 セイネリアの声は変わらず冷静だった。頭の方も冷静に現状を把握している、自分でも驚く程に感情としては何も感じていない。

「意図して狙ったっていうなら……お前のお気に入りだからってセンは……」
「最初からリオを狙っていたのなら理由はそうだろうな。連中がウチの団に恨みがあるのではなく、俺に恨みがあるというのならその可能性は高い」

 カリンとエルは警戒されているし、クリムゾンは危険過ぎる。となれば連中がリオをターゲットとするのも分かると言えば分かる。リオの事を知っているとなれば団員に向うと繋がっている奴がいる可能性もあるが、実際団の外でリオを連れて歩いた事もあるし、団員が外の酒場で話していたのを聞かれたというのもあり得る。それに団員なら、セイネリアが団員を使って脅したところで動かないという事を知っているし、裏切ればどれだけの目に合うかは分かっている筈だった。そこから考えれば裏切り者の可能性は極めて低いとは思われる。
 セイネリアが尚も考えていれば、そこでエルが顔を顰めて聞いてくる。

「なぁ……お前は心配、じゃねぇのか?」

 セイネリアは聞き返した。

「心配?」
「あぁそうだ、リオには目ェ掛けてやってたんだろ、だったらまず無事かどうか心配なんじゃねーのか?」

 セイネリアは考える。心配、というのならきっと、相手が無事かどうかがまず気になって不安で狼狽えている――そんな感じだろう。となればそれは、今の自分には当てはまらない。

「心配……というのは違うな」

 エルは机に両手を置いて、乗り出す勢いでこちらを睨んできた。

「じゃぁ何だよ」

 確かにセイネリアは自分が今、何も感じていない訳ではないとは分かっている。ただこの感覚がなんのかは分からない。重く溜まる不快感と、感情が何時も以上にやけに冷めているこの感覚は……あえていうなら。

「失望、が近いな」

 だん、と音がしてエルは机を叩いた。それから彼はすぐに踵を返すと部屋の外へ向かって歩きだした。ただドアの前で一度足を止め、らしくなく小さな声で彼は言った。

「ちゃんとあんたの指示通りに動く、何か分かったら連絡する、それでいいな」

 エルはこちらを見なかった。セイネリアは、あぁ、とだけ答えた。やがてドアが閉まって彼は廊下を去って行く。セイネリアは足を机に上げて天井を見て考えた。

 失望、とは言ってもそれはリオに対するものではない。

 感情としては、自分がもういくら鍛えてもこれ以上強くなることは出来ないと判明した時に感じたものと近かった、だから失望という言葉を選んだのだが……ただその失望が、何に対してのものなのかはセイネリア自身分かっている訳ではなかった。




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