黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【17】



 セイネリアが走っていくと、すぐにエルを追いかけていた連中とぶつかった。
 彼等はセイネリアが見えた途端に足を止め、悲鳴を上げて飛び上がる。反射的に方向転換しようとして焦り過ぎて転ぶ奴もいる始末だ。

――見覚えのある奴は……1人、いるな。

 さすがにセイネリアの噂話はよく知っているらしく、戦おうなんて思う者は皆無らしい。転がった奴と恐怖に固まって足が止まっている奴の足を斬りつけて逃げられなくすれば、その間に残りの2人は来た道を引き返して走っていく。
 勿論、焦る必要はない。
 逃げた馬鹿よりセイネリアの方が足が速い、ついでに言えばこちらは疲れないのだから必ず追いつける。もし万が一見失ってもエデンスに聞けばいいだけだ。逃げ切るのならそれこそ向うもクーア神官の味方か魔法使いがいないと無理だろう。
 ただし人前に出ていかれると面倒なため、西の下区にいる間に捕まえたい。
 セイネリアは腰からナイフを抜くとそれを一人に投げた。狙い通り腿に当たって、そいつは絶望的な悲鳴を上げると倒れて派手に地面に転がる。もう一人はちらと振り返ったがそのまま逃げたため、セイネリアは今度は石を拾ってそいつに投げた。

「うがっ」

 最後の一人も、石が背中に当たってそのまますっころぶ。すぐには起き上がれないらしく地面で悶絶していた男に向かって歩いていくと、這って逃げようとするその男の足を踏んで力を入れた。

「ひぎぁっっ!! ……が、が、が……」

 派手な悲鳴を上げた男はそのまま声にもならない声を上げてビクビクと痙攣し、それからガクリと動かなくなる。どうやら痛みに気絶したらしい。セイネリアはその男の髪を掴んで持ち上げると顔を確認した。この中で唯一セイネリアが見覚えがあると思った人物……そいつは間違いなく、デルエン領の魔女騒ぎで魔女のお気に入りだった男の一人だった。

「あー……弓の奴の方も無事撃ち落としたみたいで、今嬢ちゃんの部下が回収に行ってるとこだ」

 そこで声とともにエデンスが現れた。気配からしてエルは置いて来たようだ。

「生きてるのか?」
「多分な。ま、少なくともこっちの4人は生きて確保できそうだからいいんじゃないか?」

 今回、エルの報告役は弓を使える者にしてあった。それは正解だったようで、おかげでエルが逃げやすいように向うの弓役の邪魔をしたり、他の連中にもけん制の矢を放って少しづつ足止めをしてくれていたようだ。エルの方も思った通り逃げに徹してくれたため、今回は全て思惑通りに進んでくれた。
 セイネリアは白目を剥いて倒れる男のベルトを持って持ち上げると、そのまま運んで足にナイフが刺さったまま逃げようと這っている男の傍に投げ捨てた。ひ、と悲鳴を上げてそいつは固まるがそれを無視してセイネリアはエデンスに話しかける。

「こいつらは例の部屋に飛ばしておいて貰えるか?」

 エルを囮にした段階で、捕まえた者を閉じ込めておく部屋の準備もしてあった。当然、エデンスにはそこを事前に教えてある。

「あぁ、だが転送で3回はかかるからな。その後は嬢ちゃんの部下が捕まえた奴を先に引き取りにいってくるんで、マスターは最初に動けなくさせた二人の方に行って待っててくれるかね」

 肩を竦めながらエデンスは来た道を親指で指す。

「エルは?」
「先にそっちに飛ばして連中を縛って貰ってる、ついでに怪我を治してやっとくかって言ってたぞ」

 それにセイネリアは苦笑した。

「本当に善人だな、あいつは」

 ただ囮役にしたのは謝った方がいいか、と思いながら、セイネリアはエデンスが地面の男達と共に姿を消すのを見届けてから道を引き返した。




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