黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【13】



 晴れた日の傭兵団は、まず大抵朝から鍛錬をしている者を見かける。それなりに腕のある者達は朝食前に軽くでも体を動かしておく者が多いから、仕事の準備がある者や仕事が終わった直後の者達以外は皆、午前中の内にちゃんと起きてきて体を動かしていた。
 その日、訓練場へ向かっていたセイネリアは廊下の窓から中庭を見て、一心不乱に剣を振るある人物の姿に思わず笑った。そのまま眺めていれば、近づいてきたエルが声を掛けてくる。

「何見てやがんだ?」

 そうして彼も窓を覗いて、誰かが分かると、あー……と声を上げた。

「あれが今のお前のお気に入りな訳か」
「そんな風に言われてるのか?」
「おーよ、リオ・エスハだっけ、そらお前がこんとこ連れ歩いてるとなりゃ噂にもなんだろ。っても悪意持って言われてる訳じゃねーから心配すんな、なにせお前と直に受け答え出来るだけで皆から尊敬されっくらいだからよ。それにあいつは真面目で腰が低いから嫌ってる奴もまずいねぇ」

――話すのを躊躇う程怖がられてるというのも悪いばかりではないか。

 普通なら『お気に入り』なんて言い方は他の連中から妬み半分で言われるものだが、セイネリア相手なら妬むなんて事にならず、むしろよく傍にいられるものだと一目置かれるようになるらしい。……もっとも、もし妬みがあった場合でも、セイネリアの怒りを買う覚悟で嫌がらせ行為なぞ出来る奴がいる筈はないが。

「おーおー、しっかしすっげぇ真剣に鍛錬してんなぁ。真剣過ぎてバテてそうだけどさ」

 確かに、パッと見リオの動きは少し鈍く、剣先も足元も疲れて時折ふらつきが見えた。ただその理由をセイネリアは知っている。

「重りをつけてるからきついんだろ」

 それで合点がいったというようにエルが、ポン、と手を叩いた。それからにやりと笑いながらこちらの顔を見てくる。

「あー……成程ね。てか、もしかしてお前のマネなのか?」
「まぁな、体力と筋力をまずは重点的に鍛えるそうだ」
「へー、本気でお前のマネじゃねーか。随分懐かれたもんだ。ただまぁ……あんまり無理させてぶっ壊すなよ、あいつは騎士様だし、こういうトコに団員で入ってるのが珍しいくらいちゃんとした奴なんだからよ」

 エルは団員達を腕ではなく人間性重視で見ている、だからこその言葉だろう。

「そうだな、熱心なのはいいが、やり過ぎるなと注意はしておく」
「そうしてくれ、ウチは少数精鋭なんで団員は使い捨てに出来ねぇんだぞ」

 それでエルは、神殿に行くからと手を振って去って行った。







 青空の下に出れば、やはり気分はいい。建物から外に出たエルは、そこで大きく体を伸ばして息を吸った。
 それから何の気なしに先ほど中から見ていた人物の方に目をやると、彼はどうやら仲間と話している最中で、エルは少し気になって彼等の近く――勿論気付かれないくらいの位置だが――へ行ってみた。

「いやー……お前本気でよく平気でマスターと話せるな、怖くねぇのかよ」

 肉体労働系の奴は声がデカイ、というお約束通りにそこまで近づかなくても声が聞こえて、エルは肩を竦めて足を止めた。

「確かにマスターといると緊張するけど、気が引き締まっていいくらいだ」
「うへぇ、確かに気は引き締まるがプレッシャーがなぁ」
「お前みたいにずっと傍にいたら俺、離れた途端にぶったおれそうだ」

 いやまぁ気持ちは分かるけど、聞こえるような声でンな事いって本人に聞かれたら普通のトコだったら後が怖いとか考えないもんかね――と他人事ながらツッコミを入れたくなる。もっともセイネリアはたとえ明らかな悪口であっても怒る事はまずないが。

「それより俺は、皆が何故あの人をそこまで怖がるのかが分からない。確かに恐ろしいくらい強い人ではあるが、その力を気分のまま理不尽に使う事はないし、マスターの判断はいつでも冷静で理論的だ。それに俺みたいな下っ端の話をあの人は馬鹿にせずいつもちゃんと聞いてくれるんだ。上に立つ人間としてまずいない程素晴らしい人だと俺は思う」

 おーおーおー、と思わず感動するくらいのその発言に、エルは頷きながらもちょっと他人事とはいえ恥ずかしくもなった。なにせエルもセイネリアに対して文句をいいつつも彼と同じ事も思っていたため、それを堂々と言葉にされるとちょっとむず痒くなる。





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