黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【12】



 セイネリアはそこでカリンに視線を向ける。彼女はすっと前に出てくる。

「とりあえず、組織的に手を組んで活動するとなればそれなりに力ある者の支援が必要になります。ですのでウチに恨みがありそうな者の内、資金源となれそうな者に探りを入れました。まずノウスラー卿とグクーネズ卿。ディンゼロ卿の派閥内でいがみあっていた二人ですが、例のワネル家のパーティでの件以来、派閥内2位どころか中間位程度に発言力が落ちました」
「当然の結果だが、それでこちらを恨む可能性は大いにあるな」
「またその時の仕事関連としてヴィド卿も一応は調べましたが、あの後ディンゼロ卿と半協力関係となってそれなりに得をしているようですからわざわざこちらに何かするとは考えにくいです」
「向こうとしては何か仕掛けてくるほどこちらを重視はしてないだろ。なにせヴィド卿からすれば俺達は所詮『平民風情が』だ」
「ディンゼロ卿は現状、こちらからの情報を頼りにしているので、敵方に回るとは思えません」
「あぁ、この間会った時もそういう様子はなかった」

 カリンからのこれらの報告は先にセイネリアには知らされていた。だから基本、カリンが書面を読み上げて、それにセイネリアが一言付け足すというやりとりになる。エルは大人しく報告を聞いている。

「続いてデルエン領関連、ホルネッドとハーランを推していた者達はその後それぞれ酷い目にはあっているようです。ただハーラン派は武闘派中心だったためあまり資金源になりそうな人間はいません。ホルネッド派は大半がホルネッドを捨てているので問題ないとは思うのですが、ホルネッドが首都に行く道中で行方不明になりましたので、その時共について行った者達の親になら一部資金提供できそうな有力者はいます」
「デルエン領に関しては、おそらく支援者よりも魔女の『お気に入り』だった連中の方を重点的に調べたほうがいい。奴らは俺達に消えて貰いたくてたまらないだろうし、あそこの連中はアッテラ信徒が多い」

 それにエルは顔を顰めると、腕を組んで考えながら言ってくる。

「あぁ、確かにそうだったな。だがそうなると、オズフェネスだったっけ、ボネリオの後ろ盾になった騎士様に聞いてみた方が早いんじゃねーか? ……あとはエリーダ、とかにもさ、そういうのは専門だろ」

 どうしても彼女の名は言い難そうなエルは、多少引っかかるものがまだあるのだろう。

「いや、彼等には声を掛けない。あくまでこちらの方で調べる」
「なんでだ? こっちで調べるにしたって、向うの現状に詳しいヤツに聞いた方がいいだろ?」

 確かにそれは間違っていない、だが今回はそうしない理由がある。

「エリーダはボーセリングの犬だ」
「そら……知ってるけどよ」

 エルが困惑気味にそう返して、それから気付いたのか顔をまた顰めた。

「ボーセリング卿も……怪しいのか?」

 やはりエルもこの程度は気付いたようで、ため息を吐きつつ頭を抱えた。

「あっちとは協力関係じゃねーのかよ」
「勿論、協力関係だ。だが向うは常々俺を、少々力を持ち過ぎたからもっと御しやすくしたいと思っていると思うぞ。あの手の腹黒親父にとって対等な協力関係なんてのは口だけだ、実際はこちらをいいなりになるただの手駒にしたいのさ。だからこっちの弱みを握ったり、御しやすいように痛い目に合わせられるならこっそり協力していてもおかしくない」

 エルはげんなりとした顔で唇を引く付かせた。

「ったく、これだから貴族様って奴ァよ……」
「あいつらが言う協力関係なんていうのは、協力している方が得な間だけ成立しているものさ。協力自体が損になるならあっさり裏切るし、自分の方が上になれる機会があれば陥れて当然だ」
「へいへい、まぁそうだよな。……て、お前も大概だがな」

 皮肉気に笑ってからエルはこちらを見てくる。

「俺は相手に合わせるだけだ。腹黒親父相手ならいつでも裏切れるようにしておく。だが、裏切らないような相手ならこちらも裏切らない」

 それには、確かにな、と呟いてから、エルは少し大仰に肩を竦めて嫌そうに言い捨てた。

「しっかしボーセリング卿かよ……ボーセリングの犬が出てくると流石に面倒じゃねーか?」

 確かにボーセリングの犬がこちらを陥れるためにあれこれ動いたら団としてはかなり厄介ではある。いくら団の者が冒険者基準では有能であっても、暗殺者に対応できる人間は少ない。だが今回はその心配はないとセイネリアは思っていた。

「あぁ、もしボーセリング卿が関わっていたとしても、あからさまに自分の犬を使ってなにかしてくる事はまずないと思っていいぞ。あの狸親父も現状で俺と敵対する気はないだろうからな、失敗したらシレっとこちらの協力者の仮面に付け替えられるよう、尻尾を掴まれそうなマネはしないさ。いいところ情報と資金の提供程度だろ」

 ボーセリング卿はセイネリアを潰したい訳ではない。向うとしてはこちらが困る状況に陥って、それに手を差し伸べて恩を着せられれば良し、というところだろう。

「ただまだ、あの狸親父が関わってると決まった訳じゃない、念のためにそういう可能性を考えておいているだけだ」

 だがおそらく、セイネリアに対して嫌がらせをしている連中が誰か分かれば、あのクソ親父は必ずそちらに協力を申し出る筈だ。

――こちらの弱みを握るつもりが、逆に向こうが弱みを握られる……という展開に出来ればベストだが。

 今のところはセイネリアも、一応ボーセリング卿の事はこちらより地位の高い者として扱っている。だからあの親父がこの件に食いついたなら、それを利用してこの力関係を変えてやる事も考えていた。




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