黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【14】



 それを、リオの仲間達がこぞって茶化した。

「ったくお前はマスター大好きだからなぁ」
「良かったじゃねぇか、目ぇつけて貰えてよ」
「マスターに気に入ってもらえたなら幹部候補みたいなもんだろ、そのうちこうして気楽にお前とも話せなくなるかもなぁ」
「やめくれ、今はそういう事を考えず、あの人の期待に応えたいだけなんだ」

――ま、確かに幹部候補だな。

 これ以上は聞かなくていいかと歩き出してエルは考える。セイネリアの人を見る目は確かで、エルもリオなら歓迎だ。なにせ騎士なら最低限の読み書きはできるだろうし、彼に重要な仕事を任せられるようになれば自分も随分楽になる。っていうか、セイネリア相手に逃げないで傍にいてまともにやりとりできる人間って段階だけでも貴重すぎる。それだけで今すぐ何かの役職をつけて自分のサポートに入れてもらいたいくらいだ。

――あー……そういやもうリオは事務仕事の手伝いやってるんだっけ?

 エルは現在、昼間はかなり神殿の方にいる。そのためエルが普段やっている仕事はセイネリアとカリンが肩代わりしているのだが、どうやらセイネリアはリオにもその仕事を手伝わせているらしい。

「だったらさっさと何か役職つけちまえよ」

 思わず口に出てしまった。エルとしては自分の負担が減るのだから反対する理由なんてない。他と違ってこの傭兵団の規模というかやってる内容から、幹部連中はやる事が多すぎるのだ。
 現在団の創設メンバーといえばエルとカリンとクリムゾンになる訳だが、クリムゾンは完全に実践側の人間で、戦闘面の腕ではナンバー2と言えても仕事の時以外はセイネリアに付きまとう以外は団の事をなにもしてくれない。カリンはセイネリアの世話と情報屋の方をやってるから当然忙しい訳で、基本的に傭兵団の運用面の事務や客との打ち合わせ、団員の相談役など雑務はエルが一人でやっている。それでセイネリアが本気で遊んでいるのなら仕事を投げてやろうと思うところだが、彼は貴族や他組織のボスや大商人など面倒な連中との交渉方面でいろいろ動いていて、こうして場合によってはエルの仕事も肩代わりしている。何より揉め事やら何か問題が起こればセイネリアが出ていって一発で解決してくれるのだから組織のボスとしては文句のつけようがない。
 いわゆる皆忙しいんだから仕方ない、という事で愚痴はいいたくなってもエルだって本気で嫌だと思ってはいない。傭兵団を立ち上げる事になってからは毎日やる事だらけで忙しくて、成果は目に見えて出て団の立場が上がっていくから面白かったしやりがいがあった。

 だから……たまに少し忘れていた。弟の事を。

 勿論、傭兵団の仕事で新しい人物と会う度に、何か関連する事を知っていないかと遠回しに不自然にならない程度の雑談で探ってみてはいるのだが、あの事件を仕組んだのがどこぞの貴族様となるとその辺りの情報を知っていそうな人間との交渉は大体セイネリアになる。

――やっぱ、あいつに頼むのが一番早いんだろうけどさ。

 セイネリアに頼めばカリンの配下の情報網を使って、かなり前の事件あっても何かしらの情報を集めてくれるだろう。そこからセイネリアなら貴族間の勢力関係や動きに詳しいから、ある程度の犯人の目星をつけてくれる筈だ。
 
 ただそうなると、その代価をどう払うかが問題となる。

 セイネリアなら代価なんていわず、借りにしておく程度で終わらせる気がするがその借りは到底返せるものではないとエルには分かっている。
 しかもそれを頼めば当然エルの事情を説明しなければいけない訳で、そうすれば犯人が分かった時、自分一人で決着をつけるからで終われる訳がない。復讐自体にもセイネリアを頼る事になるのは目に見えていて、そうなると……。

――返せるモンなんかある訳ねーじゃねーか。

 いっそ一生団のためにタダ働きとかそういうレベルでかろうじてどうにかなるようなモノだ。あ、でも完全タダ働きだと生きていけないから今のまま団で生活させてもらって――なんて考えてまだそこまでの話じゃないと思いなおす。
 どちらにしろ、傭兵団を作る事になったら暫くはそちらで忙しくて何も出来ないのは最初から分かっていた。手がかりは殆どないし、今更急いでも既に日が経ちすぎていて焦る意味も薄い。それこそ後は、そういうのを突き止めるのが得意な術持ちを探してみるくらいしかないだろう。

 ここ数日の毎日のお勤め先であるアッテラ神殿へそうやって考えながら慣れた道を歩いていたエルは、だから考えのほうに頭を持っていかれて辺りの不穏な気配に気づけなかった。




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