黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【9】



 リオ・エスハが傭兵団に来たのは、セイネリア・クロッセスに会うためだったと言っても過言ではない。
 完全平民のリオが騎士の従者になれて試験許可証を手に入れられたのは運が良かったからだが、騎士団に行ってからは正直失望しかなかった。それでもやる気のない隊の連中に隠れて最低限の訓練は続けていたが、日々惨めな気分になっていく自分を抑えられなかった。せめて騎士団に入る時、冒険者に戻るつもりだと言わず守備隊を希望していればよかったと後悔したものだ。

 けれどもうすぐ騎士団勤めが規定期間に達するとき、騎士団内競技会でリオはセイネリアを見たのだ。

 圧倒的な強さは正直恐怖を覚える程だった。
 予備隊所属である彼は、騎士団内でも英雄視される守備隊の者達を次々倒して優勝を手にした。
 周りの人間は彼を化け物と呼び、その残虐さを囁きあった。その時に初めてリオは彼の冒険者時代の噂も聞いた。そのどれもがとんでもなくてどれだけ本当なのかはわからないが、冷酷冷徹残虐と、彼の噂は冒険者時代のエピソードを使ってそれを強調するものばかりだった。
 だがリオは思ったのだ。本当にそこまで冷酷で残虐な人間であるなら、競技会で対戦した相手はおそらく再起不能レベルの大怪我をさせられていた筈だと。
 それに彼と対戦した守備隊の強者達は試合後に彼を讃えていた。それはおそらく、カタチだけではなく心からの言葉だった。その証拠に彼等は一切裏でセイネリアに対する悪口を流さなかった。守備隊で英雄視されていたステバン・クロー・ズィードなど、セイネリアを悪く言った人間に怒ったそうだ。

 騎士団でのセイネリアの行動も噂で聞いた。皆がサボっている中でも無視して一人で黙々と訓練をしていたという。嫌がらせを受けて隊の者と険悪になった後も変わらず訓練を続けていたらしい。
 彼の師が騎士団内では伝説のように語られる人物である事も知った。魔法武器の所有者である事も聞いた。
 聞けば聞く程、誰よりも強くて誰にも屈せず自分を通す――そんな彼にレオは憧れた。自分より年下で勿論平民であるにも関わらず、実績と実力と自信を持っている彼という人間が、騎士団生活で萎れかけていたリオの心を奮い立たせてくれた。

 競技会直後にレオは規定期間を終えて騎士団を去ったが、冒険者に復帰した後は勿論必死に鍛えて、それから彼の事を調べられるだけ調べた。団内で聞いた噂も事実確認して彼が残虐ではない事は確信出来た。確かに彼の判断は冷徹ともいえるくらいだが、彼はその時その時、ただ冷静に最善の判断を下しているだけだ。それに彼は必ず一番危険で負担の重い役目を引き受けている。

 だから、彼が傭兵団を作ったと聞いて入りたいと思った。
 少しでも近くで、セイネリア・クロッセスという人間を見たいと思った。

――まさかこうして、直接いろいろ教えて貰えるなんて思わなかったけどな。

 我ながら今の状況が信じられなくてリオは苦笑する。
 ちなみにリオが何故自分にこんなに教えてくれるのだと聞いたら、あの男は単に面白いからだと言ってきた。

『お前に教えると必死に訓練してそれをモノにしようとする。そうして実際、目に見えて上達していくその様を見るのが面白い』

 その言葉の真意は分からない。けれど自分が努力する限り、彼は自分に目を掛けてくれるのだ。そう思えば、何をしていても気合が入る。

 集中して弦を引く、今はまだ焦らずじっくり狙っていい。
 弦を離せば矢が放たれる。的の真ん中とまではいかないがかなり近くに当たる。ゆっくり落ち着いて狙えば、このくらいの命中率は維持できるようにはなった。

――でも疲れると途端に命中率が落ちるからな。やっぱりもっと筋力をつけないとならない。

 何をやるにしても筋力があれば無理が利く。セイネリアが強いのはその飛びぬけた筋力と体力が根本にあるからだろう。そういえば最初はまず体を作ることだけを考えたと言っていたから、やはり筋力トレーニングを重点的にやるべきか――考えて自分の手を見ていたリオは、唐突に背筋に寒気が走って振り向いた。

 そこにいたのは赤毛の剣士だった。誰だなんて言わなくてよかったとリオは思う。そして彼なら自分に対してこんな殺気を見せたのも理解出来て、即座に彼に頭を下げた。

「お前の腕を俺に見せてみろ」

 ただそう言われて思わず出かかっていた挨拶の言葉が止まる。
 言ってすぐクリムゾンは剣を抜いたから、今の言葉が手合わせをしてやるという意味なのは確実だ。そうして勿論、ここで断る事なんて出来る訳がない。

「分かりました。お願いいたします」

 自分に対して殺気を向けてくる相手との手合わせはたとえ訓練でも恐怖がある。しかも向こうの方が明らかに腕が上で勝てないのは分かっている。それにこのクリムゾンは過去に黒い噂がいろいろある男で、パーティメンバーを見捨てて自分だけ生還したなんて話もあるくらいだ。




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