黒 の 主 〜傭兵団の章二〜 【8】 「――以上です」 「いい報告だった。……ところで、怪我人は出なかったか?」 「急いで治癒が必要な程の怪我人は出ていません」 「ならいい」 さすがに団の人間を殺す事はないと思うが、彼の場合、実践向けの動きしか出来ないから相手が弱すぎると怪我をさせる可能性がある。別に怪我自体はいいが、暫く使えなくなったりするとカリンが立てている仕事の予定が狂うかもしれない。 「また面白そうな奴が入ってきたら相手をしてやってくれ、下がっていいぞ」 だがそう言っても彼は下がらない。何か言いたそうな様子でその場に立っている。……何を言いたいかは予想出来るから待ってやるが。 「リオ・エスハは、貴方が見たところ、何か面白いところがあるのですか?」 この男にしては随分回りくどい聞き方をしてくる、と思いはしたが彼がリオの事について不満を持っていてそれを言ってくるのは分かっていたから、即返事をしてやる。 「団の中で一番向上心がある。何を教えても必死にモノにしようとして、実際すごい勢いで吸収するから俺としては面白い」 これは別に無理矢理こじつけた理由ではなくそのまま真実だ。とは言ってもクリムゾンはセイネリアの黒の剣による状況を正確に知らないから『面白い』と思う部分にどれくらいの意味があるかは分からないだろうが。 赤い髪の不愛想な剣士は、それで少しムっとした顔をした。 「貴方の傍に置いておくには、奴は弱すぎます」 今度はストレートにそう言ってきた彼は、自分の方が強いから傍にいるのにふさわしいといいたいのだろう。 「クリムゾン、そもそも俺に護衛が必要だと思うか?」 だからそう聞いてみれば、彼は返事を返さず顔を顰めた。 「俺より弱い者を護衛として連れて歩く意味はないだろ、自分の身は自分で守れる」 「……だから誰でもいいとでも?」 彼の思考的には納得できるだろうが、感情的に納得はしたくないところだろう。 「誰でもとは言わないさ。足手纏いになり過ぎるのを連れていく気はない」 「奴は貴方の足手纏いになります」 「かもしれないが、今のところはそれも楽しんでる」 クリムゾンは更に眉を吊り上げる。 「……もし、奴が貴方の足を引っ張って、貴方にも危険が及びそうな場合は?」 この男はセイネリアが情によって弱くなるのが見たくない、だから彼のその質問に対して期待している答えを言ってやればいいだけだ。 「その場合は見捨てるさ。自分の身も守れない奴は死んでも仕方ない」 そこで初めて、クリムゾンの赤い目が安堵に緩んだ。セイネリアは言葉を続ける。 「どうやら現状、ウチの団を貶めたい連中がいるらしいからな、団員達には予め注意として言ってある――身の危険を感じたら出来るだけ早く回避のために動くなり、助けを求めるなりしろと。それで仕事が失敗しても、中止する事になっても構わない。だがもし敵に捕まったりした場合、助けられる場合は助けるが、その身を引き換えに脅されても取引には応じない。勿論それで殺されたら必ず報復はする、だが死にたくないなら最悪の事態になる前に自分で出来るだけの事をしろ」 クリムゾンにはわざわざ言う事でもないから言っていないが、カリンを通して団の者へはそう言ってある。面倒だがそれなりの組織となった以上、相手に屈して弱みを見せる訳にはいかない。もし団員達が捕まってその命と引き換えに脅されるような事が起こった場合、そこで要求を飲めば以後他の団員達がまた狙われる。だが従わずに相手を徹底的に潰せば、少なくともそんな馬鹿な手を使おうと思うのは余程の馬鹿以外いなくなる。 最悪、セイネリア単身でも大抵の組織を潰す事は出来るから報復は約束してやれるが、常に自分の傍にいるのでもない限り全員を守れはしないし、捕まれば助けに行く段階で殺される可能性がある。セイネリアは自分が化け物である事を分かっているが、万能ではない事も分かっている。全てが自分の思い通りになるなんて馬鹿な事は少しも思っていない。だから当然、どうにも出来ない時もある。その場合は団員達個々が自分で自分の身を守るしかない。 「分かりました。それなら私が口を出す話ではありません。くだらない話をして申し訳ありませんでした」 深く頭を下げる赤い髪の男を見て、セイネリアは皮肉気に唇を歪めた。 --------------------------------------------- |