黒 の 主 〜傭兵団の章二〜





  【7】



 傭兵団の執務室でセイネリアが事務仕事をしている時は、大抵はカリンが傍にいる。だが現在、彼女は情報屋側での仕事が多いため昼間は主にワラントの館にいる事が多い。その代わりという訳ではないが、最近ここで仕事をしている時にセイネリアは別の人間を傍に置いていた。

「マスター、分類終わりました。確認お願いします」
「あぁ、分かった」

 騎士の称号持ちというだけあってリオ・エスハは少なくとも文字の読み書きは問題なく出来る。書類等の正式文書になると多少怪しいが、貴族関連以外の事務処理なら十分役に立つ。
 ちなみにこのクリュースで暮らす人間なら一般レベルの文字については読むだけならば大抵は出来る。それは信徒になれば神殿で最低限の教育を誰でも無料で受けられるというのが大きいのだが、一般人が使う範囲のクリュース語が割合簡単だというのもある。これはクリュースが建国時から複数の民族で構成されていたため、言語を統一する時に誰でも覚えやすいように意図されて作られたからだ。ただそれだけでは勿論足りない単語や表現があるから、その上に貴族間や公式文書で使われる上級文字がある。文字自体が難しいだけではなく文法的な決まりも厳しくなっていて、基本的にそちらは貴族以上の者だけが読み書きできる。
 セイネリアは完璧ではないもののシェリザ卿の下にいた時に暇を見て勉強していたから、そちらもまず大抵は読めるし、ほぼ定型文でいい契約書類などは書く事も出来た。それもまた他の傭兵団に比べて客に貴族が多い理由でもある。なにせ普通の傭兵団だと、まず公式文書は読めないか、専用の人間を雇う必要があるからだ。

「ならこの書類を読んでろ。分からない文字があった場合はいつも通りメモして後で聞いてこい」
「はいっ」

 契約書を2つ程渡すと、リオはすぐにその書類を真剣に睨む。
 騎士試験に合格にするには通常のクリュース語の読み書きと、契約書に使われている程度の上級文字が読める能力が必要である。だから騎士であるリオなら事務仕事も頼めるだろうと少しづつ仕事のやり方を教えていた。なにせ傭兵団と言えば戦闘面での腕自慢連中が多いからこういう人間は貴重だ。カリンは元から教育を受けているし、神官連中なら少なくとも読み書きは出来るが、この手の仕事が出来る人間を増やしておくのは意味がある。何よりリオは性格的に秘密を漏らす事もない、信用面でも使える上に向上心が高いから使いがいがある。

 そこで廊下へ続く部屋のドアが叩かれて、そしてその音で誰が分かったのもあって、セイネリアは向うが名乗るより先に言ってやった。

「クリムゾンか、入れ」

 返事はなく、代わりにドアが開かれる。思った通りそこに立っていたのは無口で不愛想な赤い髪の男だ。更に言うなら、今の彼はあからさまに不機嫌そうだった。その理由は分かっている。

「リオ、こっちは今日はもういい。先に訓練場へ行って弓の練習をしていろ。俺も後でいく」
「あ、は、はい」

 リオは焦って立ち上がると、見ていた書類をこちらに返してすぐ部屋を出ていった。彼も自分がいるのをクリムゾンが快く思っていないと察したのだろう。
 銀髪の青年がいなくなって僅かだが不機嫌度合が落ちた男に、セイネリアは改めて声を掛けた。

「訓練は終わったのか? ご苦労だったな」
「はい、ありがとうございます」

 そうして自分に声を掛けられると明らかにその不機嫌さを感じなくなるのだから、この男は慣れると分かりやすいなとセイネリアは思う。

「で、見込みがありそうな連中の相手をしてきたんだろ? お前の評価としてはどうだ?」
「腕で言うなら、一番使えると思ったのは、サジレイ・パッタという男です。この男の戦い方は――」

 クリムゾンはコミュニケーション能力的に難があるが腕は確かだ。純粋に戦闘能力だけでなら、団ではセイネリアの次と言える。ただ他人に興味がなさ過ぎるから、戦場ならともかく、訓練時に下の面倒を見させるのは無理だ。それでも相手の能力を見極める力は優れているから、今日はセイネリアが訓練場に出ない代わりに彼が出て、そこそこ腕の良さそうな団員と一勝負してその能力を見てきてくれ、と命じていた。
 団員達とはまず滅多に会話しようとはしないがセイネリア相手なら割合よく喋る彼は、一気に今日相手した団員の戦闘能力について分析した結果を話していく。セイネリアが訓練を見ていて大雑把に下していた判断ともあっていたから、彼がきっちり仕事をこなしてくれた事は間違いない。相手の能力を把握する力の確かさも信用出来る。





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