黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【64】



「まさかとは思うが……お前は怖いのか?」

 これには呆れたが、勿論表情に出る程じゃない。セイネリアは一応彼女の方をむいて聞き返した。

「何がだ?」
「しかるべき地位について、責任を背負うのがだ」

 やっぱりそうくるのか、と思ったら笑い声が出ていた。メイゼリンは真剣な顔でこちらを見ていたが、セイネリアとしてはその質問自体が馬鹿馬鹿しすぎて笑い声しか出ない。

「違うな。答えは『どうでもいい』だ」

 笑い声と共にそう返せば、メイゼリンは更に顔を顰めた。

「なんだそれは」

 確かに彼女には分からなくて当然だ。
 戦争をしてまで自分の息子を領主の座につけようとした彼女には、その地位にまったく価値を感じない人間の気持ちなど分かる筈がない。セイネリアは笑うのやめ、彼女に言ってやる。

「どんな地位に立とうと、どれだけの人間の命を背負っても、俺にとってはどうでもいい、という事だ」

 メイゼリンは目を丸くする。呆れ半分、困惑半分というところか。だがすぐに彼女は怒ったように眉を吊り上げて抗議してきた。

「おい、お前はそんな無責任な男ではないだろ。実際見ていて分かっているぞ、どれだけの無茶な状況も投げないじゃないかお前は」

 どうでもいい、と思うことと投げ出す事は同一じゃないんだがな――と、思いはするが、そのあたりを延々説明してやるほどセイネリアも親切ではない。

「それは単に許せないだけだ。負ける、失敗する、投げる、逃げる、諦める――そういう自分は許せない、それだけだ」

 メイゼリンは困惑した顔でため息をつく。どうせ彼女に理解出来る筈がない、ならセウルズのように理解出来ないものとして納得してくれればいい。

「どれだけお前は自分が好きなんだ」

 ただ呟いたその言葉が面白かったから、セイネリアはまた笑いがこみ上げてきて喉を鳴らした。
 そうして最後に、笑ったまま彼女に告げる。

「違うな、俺は俺が一番大嫌いだ」

 ぽかんと口を開けた女騎士の顔が、この部屋で最後に見た彼女の顔だった。






 ゼーリエンが領主の館に入って領主宣言をした段階で、セイネリアの仕事は終わりと言える筈だった。
 ただ折角なら新領主の就任式を見て行ってくれと言われて、そこからまた数日領都フミラパダンに滞在する事になってしまった。セイネリアとしては断りたかったが、功労者として式で紹介すると言われれば断れない。公にここの領主とセイネリアに繋がりがある事を伝えておくのは、後々メリットがあると判断した。

 ただし、ちゃんと傭兵契約の日数として金を出してやるから領都でのんびりしていていろ――と言う言葉通りにする気はなかった。どうせ時間があるならと、シェナン村に行ってラスハルカに直接仕事の終了を告げてくる事にしたのだ。
 勿論、転送を繋げていくにしては少し遠いが一回の転送で飛ばせる人数なら間に休憩をいれつつなら問題ない……とエデンスに確認を取ってからだが。

 ただ当初予定ではセイネリアはエデンスと2人だけで行くつもりだったのだが、課してある仕事がないと当然のようにひっついてくる男がいた。

「……お前も来るか?」

 部屋にいる時以外は終始こちらの後をつけてくる赤い髪の剣士にそう尋ねれば、彼は当たり前のように答えた。

「許可して頂けるなら」

 クリムゾンも自分と同じで、『のんびり過ごしていろ』なんて言葉を実行できる人間ではないのは分かっている。それにラスハルカを知っている人間として、連れて行くのもありかと思った。

 そうして、メイゼリンと話をした日の翌々日、朝からセイネリアはクリムゾンを連れてシェナン村へと向かった。転送はかなり回数を必要としたが、それでも夕方と言える時間より少し前には村の外の森まで着いた。

「で、奴さんには事前に知らせてあるのか?」

 予定の場所までくると、エデンスは疲れたというように背伸びをして、そう言いながら地面へ座り込んだ。

「いや、今日行く事は知らせてない」
「はぁ? んじゃまずは知らせるのか?」
「それも必要ない、俺達がここへくればあいつにはすぐ伝わる」
「そうなのか?」
「アルワナ神官だぞ、死者から……」
「あー……いい、分かった」

 エデンスはそれで今度はそのまま地面に寝転がった。草地の中に彼の体が沈む。

「俺はどうせただの転送役だからな、暫く寝てる」
「あぁ、構わんぞ」

 さすがにこの距離を日帰りのつもりはないから、帰るのは明日だ。今夜はここに野宿する事は予めエデンスにもクリムゾンにも言ってあった。だからセイネリアはラスハルカがやってくるまでの間、クリムゾンと共に野宿の準備をするつもりだった。





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