黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【63】



 それから2日後、まだ領都内に残る兵士達が出迎えに並ぶ中、ゼーリエンは領主の館に戻ってきた。それから即、次期領主となる事を宣言した。勿論成人するまではメイゼリンが領主代理となる事も伝えられ、少なくとも公の場でそれに反対する者は出なかった。

 こうしてキドラサン領における領主争いは正式に終結した。

 サウディンはゼーリエン軍が来る前に母親と共にセウルズに殺されたと公表された。そうして母親の棺と共に空の棺が埋葬され、一応領主の家族として規模は小さいながらも正式に葬儀も行われた。
 セウルズに関しては『先に領主の館に潜入して説得する約束で解放してもらったが、説得中に言い争いになってサウディンとその母親を殺してしまった』というのが本人の証言として記録された。その後、拘束された彼は、ゼーリエン軍が来た時には部屋で自殺していた、と締めくくられた。罪人の死など書類上の記録だけでいいから、サウディンのように偽装処理も必要はない。

 そうして真相については、ボクルを筆頭とした古参官僚組とゼーリエン、メイゼリンのみが知る事となった。
 実のところセイネリアとしてはゼーリエンには真相を教える必要はないと思ったのだが、メイゼリンの希望で教える事にしたという経緯があった。

「母として、あの子に兄の死の責任を感じさせたくないし、師を悪者にして憎ませたくもない……と言ったら、お前は甘いというか?」

 決断した後、メイゼリンはセイネリアにそう尋ねてきた。その顔は確かに男勝りの女騎士ではなくただの女――母の顔というものだろう。

「別に、俺はこの件についてはあんたに従うだけだ。ただセウルズ自身は憎まれるつもりだったと思うぞ。あの男がわざわざ罪人になったのは帰る場所を失くすためだからな」
「そうだな。確かに……あの子なら、もし将来二人を見付けたら真実を公表して帰ってこいと言ってしまうかもしれない。……やはり、甘いか」

 苦笑する顔には、これから領主代理としてこの地を治めるつもりの女の苦悩が見えた。セイネリアとしてはこういう――冷徹に物事を判断する頭はある上で、最善でないと分かってもあえて情を優先する――そういう人間も嫌いじゃない。そういう者は自覚があるから、それが最善だったと後に言えるようにしようと動くものだ。

「甘いかといわれたら甘いが、それが悪いとはいわないさ。そう思うならあんたが生きてる間は目を光らせて息子にその『甘い判断』をさせなければいいだけだ。……だが数十年後、あんたが死んでからなら別に真相がバレても構わんだろ。どうせジジイはくたばってるだろうし、ゼーリエンも領主として自分の判断に責任が持てるだろ」

 メイゼリンが苦笑顔のまま、ははっと声を上げて笑った。

「流石にその歳まで、私が見ていてやらないとならないようでは困るな」

 その声はこちらと交渉するときのいつものもので、メイゼリンはわざと偉そうにそういった。

「そこはあんたとゼーリエンと周りの連中に懸かってる。あんたが息子に任せて大丈夫だと思ったらその時点で責任を放棄してもいいだろ」
「……そうだな」

 その返事はどこか遠くを見て噛み締めるように。この女騎士の感情に嘘をつけないところもセイネリアがこれからも彼女と仕事を続けてもいいと思ったところだ。
 メイゼリンは暫く黙って考えていたようだが、セイネリアが立ち上がって退席しようとするとまた言葉を掛けてきた。

「もう一つ言っておくと、私としてはあの子にお前を恨ませたくなかったというのもあるんだぞ。お前はちゃんと約束を果たしたのに、真相を知らなければあの子はお前をどうしても恨んでしまうだろ」
「別に構わない、恨まれるのには慣れてる」

 セイネリアは感情なく即答する。メイゼリンは困ったように笑う。

「まぁそう言うな、恨まれるより尊敬された方がいいだろ」
「いや、俺としては尊敬されて頼られる方が面倒だ」

 彼女に返した言葉には、嘘も、建前もない。ただの本音だ。
 だがメイゼリンはそれには顔を顰めて溜息をつくと、ひじ掛けに片肘をついて頬杖をついた。

「まったく、どこまでもひねくれた男だな。理解者は増やしておいた方がいいぞ。恩はいつ返ってくるか分からないものだ」
「確かに、そういう意味でのメリットはあるな」

 彼女の言う事が正しいのはセイネリアも分かっている。そのメリットを考慮して、今回動いているというのもある。ただ別にここでゼーリエンに真相を話さなくても、領主として一人立ちできるくらいの歳になれば自分でいろいろ察していずれ真相を知るだろうという考えもあった。ガキの内はこちらを恨んで距離を取るくらいで丁度いい。
 とはいえ、わざわざそんな思惑まで話すつもりはないし、セイネリア自身その考えに拘る気もない。セイネリアは話が終わったと背を向けて歩き出す。

「もう一つ、聞いてもいいか?」

 仕方なくセイネリアはドアの前で足を止めた。





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