黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【65】



 シェナン村に関してだが、ラスハルカからの最終報告では一部の兵が村を離れだしたと書いてあった。そこから4日経っているから、まだ村に元西軍兵がいたとしても大半は出て行く準備をしているところだと思われた。セイネリア達がここへくるより前、ゼーリエンが領主となる通達がこの領地全部に投げられていて、それはこの村の隣村にも届いている筈だった。ここにいる元兵士達はただの冒険者のふりをして隣村へ行き、肉等を農作物に交換して貰っているらしいから自然とその情報は手に入っているだろう。

 結局、ラスハルカの報告からしても、西軍の元兵士達は村で大人しく身を隠して生活出来れば良かっただけのようで、集まって何かを企てる事も、盗賊となって近隣で暴れる事もなかった。そんな彼等なら、領主争いに決着がついたなら喜んで元の場所に帰るだろうと予想出来る。シェナン村に住人が帰ってくる前にさっさと出て行く筈だ。

「エデンス、村の中は見たか?」

 だからそう聞いてみれば、寝転がっていたクーア神官は首を回しながらかったるそうに起き上がった。

「あー……そうだな、確かに人はかなりいなくなってるみたいだが……あ」

 最後の声と共にエデンスは笑う。

「アルワナ神官のあいつが、こっちに歩いて来てるぞ」

 その言葉にはクリムゾンさえも作業の手を止めて村の方を見る。セイネリアも立ち上がって目を凝らしてみた。本職の狩人程ではないがセイネリアもかなり遠目は利く、暫くすれば動く影が見えた。

「確かに、来たようだな」
「つまり、死者が俺達を見てて知らせたって訳か」
「そういう事なんだろ」

 セイネリアとエデンスのそのやりとりを聞くクリムゾンの顔は不快そうだった。彼には死者が死して尚、何かするなんて考えられないのだろう。セイネリアも昔ならそう思っていたところだが、さすがに黒の剣を手に入れた時の騒ぎ以後はそう思わない。彼もあの経験後なら分かりそうなものだが、彼にとってあくまで死者は死者で何も出来ないモノであるらしい。

「随分気付くのが早かったな」

 エデンスが呟く。それは多分、新領主が決まったと分かった時点でそろそろこちらが来るとラスハルカも分かっていたからだろう。
 彼本人だとはっきり分かるくらいの距離までくると、ラスハルカは手を振って少し急いでやってきた。

「わざわざ貴方が終了報告ですか?」

 近くまでくれば、アルワナ神官である男は茶化してそう言ってきた。

「少し時間が出来たからな、直接話を聞いておこうかと思っただけだ」
「おや、どんな話でしょうか? ここの兵士達の事なら報告をしていると思うのですが」
「報告だけだと細かい部分は聞けないだろ」
「細かい話となると……雑談のような他愛ない話ばかりになりますよ?」

 口調は普段通りのおっとりとしたものだが、こちらに対して警戒をしているのは分かる。セイネリアとしてはそれにあえて気付いていないふりをしておく。

「あぁ、そういうのでいい。そっちは時間があるのか? 俺達は今夜はここで一晩過ごしてから帰るつもりなんだが」

 ラスハルカは困惑した様子ではあったが、こちらの言いたい事は分かったらしい。クスクスと笑いながら返事を返してくる。

「私が一晩くらい帰らなかったとしても誰も騒がないですよ」
「なら、今夜はこっちに付き合え」
「本当に、面白い人ですね貴方は……」
「貴様だって普通じゃないだろ」
「えぇまぁ、そうですね」

 自嘲するように口を歪めてから、アルワナ神官の男は空を見た。

「なんだ、死者を見てるのか?」

 それにはラスハルカはぷっと吹き出してから笑った。

「そうとも言えますしそうでないとも言えます。言ったじゃないですか、貴方の傍には死者も恐れて近寄らないと。私はどうも、ぼうっとすると死者を探してしまうクセがあるんです。だからそれが自然と出てしまったというだけですが……今のところ死者は見えませんので」
「だから死者を見ているとも言えるが、見てないとも言える、という事か」
「そうです」

 人の好さそうな笑みを浮かべる男に違和感や裏の意図は感じない。だからセイネリアはそれ以上彼の発言に対して何かを言う事なく、彼にも野宿の準備を手伝うようにだけ言った。




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