黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【61】




「安心しろ、サウディンは生きてる。眠ってるだけだ」

 セイネリアがまずそう言えば男は明らかに安堵した顔をした。この男はこの建物の警備責任者である――ボクル・セディエッドの孫、サジリス・セディエッドだ。

「女の方は死んでるがな」
「殺したのは……セウルズ様か」
「あぁ、子に母親を殺させたくはなかったんだろうよ」

 どうやらサジリスはそれなりに頭の回る男らしい。それだけで事情を察したようで、悲しそうな顔でため息をついた。

「あんた達もこの女は死んだ方がいいと思っていたんだろ。予定はさほど変わらない筈だ」
「だがしかし、セウルズ様が……」
「あの男が使えなくなったのは仕方ない」

 そこでまたサジリスはため息をついた。
 セイネリアは事務的に話を進めていく。

「そっちの2人は信用出来るんだろうな?」
「あぁ、大丈夫だ」
「なら、予定通り棺の準備を」
「分かった」

 それでセイネリアがサウディンの方に行けば、壊れたドアからのんびりクーア神官がやってきた。

「さて……ここから後は予定通りか?」
「あぁ、頼む」

 セイネリアは寝ているサウディンを抱きかかえた。それに、サジリスが頭を下げる。

「サウディン様を……お願いいたします」
「あぁ、悪いようにはしない。ただ一つ頼みがある」
「なんでしょう?」
「あのジジイを閉じ込めておくのは、転送で行けるような部屋にしておいてくれると助かる」

 そこでサジリスが明らかに安堵した顔をした。

「分かりました。向こうの館の3階に窓のない小部屋があります。そちらへ移動させておきましょう」

 サジリスがそうして頭を下げる中、セイネリアはカリンと共に部屋を出た。



 サウディンに自由を与えて開放する――となれば、死んだ事にするのが一番手っ取り早い。



 だからここへ来る前にメイゼリン経由でボクルと話をつけ、最初からサウディンは死んだ事にして外へ連れ出すつもりで準備をさせていた。
 予定通りならば――まずサウディンの意思を確認してから計画を話して死んだふりをさせ、それを母親のエーシラに見せる。彼女は発狂するだろうから眠らせてセイネリア達一行は隠れる。その後、騒ぎをききつけたサジリス達がやってくる――という流れだ。勿論、エーシラに見せられる状況でなければ見せなくても構わない。
 サジリスは証人用の兵と身内の部下の両方を連れてくるから、証人用の兵は現場を見せたら賊を追うように命じて部屋から追い出し、あとは残った部下でサウディンの死体を棺に入れた事にする。領都に残った有力な官僚達もメイゼリンも棺が空である事は承知しているから誰も真実を暴こうなんてしない。母親のエーシラは既に半分おかしくなっているから、状況に応じてサウディンを殺した犯人役にしてもいいし、幽閉して狂人扱いをすれば後はどうとでも出来る。

 予定に多少の変更が起こるのは当然あると思っていたから、セウルズの件はイレギュラーとはいえ十分予定範囲内だ。

 とにかくサウディンを死んだ事にして自由にするなら、ゼーリエン軍に捕まってからでは不都合が多い。処刑をすれば新領主は部下や民から反感を買うだろうし、フェイクの公開処刑なんて面倒極まりない事をやらなくてはならなくなる。かといって幽閉中に死んだ事にすれば新領主側の責任として責められる。だから死んだ事にするのならゼーリエン派が領都にやってくる前である必要があった。

 勿論、実際のサウディンを見て生かしておくべきではないとセイネリアが思えば本当に殺すつもりはあったが――まずそうはならないだろうと思っていた。ゼーリエンやセウルズが庇うのなら救えないほど頭のイカレたガキだとは思えなかったし、ボクルからの話もある。基本的にはサウディンを生かす方向で計画は立てていた。

 アルワナの睡眠石をセウルズに渡していたのは、暴れた母親や、邪魔な人間が他にもいた場合に眠らせるためだ。死んだように見せかけるための血袋はカリンと彼の両方に持たせていた。
 ちなみにエデンスは最初から騒ぎが起こったらサジリスを呼びに行く役だった。そのためサジリスはわざと転送が通る部屋で待っていた。ただ実際は入る前から騒ぎが起こってしまっていたため、セイネリア達を飛ばした後、セウルズを飛ばしてすぐ呼びに行ってもらった。

 予定外はセウルズが犯人になったくらいだが――彼の意図もおおよそセイネリアには予想はついていた。だが、このまま大人しく罪を償わせる気はなかった。




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