黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【59】



「おいなんかヤバそうだぞ」

 エデンスが言って足を止めた。その表情は険しい。

「何があった?」

 すぐさまセイネリアが足を止めて聞けば、エデンスは顔を顰めたまま目的の方向をじっと見つめて言った。

「部屋で何か起こってるらしい。外で見張りやってた奴が急にドア叩いて叫んでる」

 サウディンが母親の部屋に入って行ったところまではエデンスが確認していた。部屋の中は見えないが廊下なら見えるという事で、彼はずっと部屋の前とその周辺を見ていたのだが。

「部屋の前には何人いる?」
「2人だ、更に近くいた奴が2人向かってる、まずいな……」

 このままでは放っておけば更に人を呼びに行く可能性がある。それは言わなくても分かる事で、ならば急ぐしかない。

「俺とカリンだけ先に近いところまで飛ばせるか?」
「分かった、出たら真っすぐ奥まで行って右だ」

 言ってエデンスはセイネリアとカリンに触れて術を唱えようとした。極力騒ぎを起こさないために出来るだけ人に会わないルートで移動していたが、多少見張りに見つかっても今は急ぐべきだろう。
 すぐにセイネリアの視界が先ほどまでとは違う廊下に切り替わる。
 ただその先に人影が見えたから、カリンとセイネリアは音を立てずに即走った。見張り兵は2人、それを1人づつ気付かれる前に後ろから殴って気絶させる。そこから気配を消したままエデンスの指示通り更に奥へ行き、右へ曲がる。

「サウディン様、何かあったのですか? サウディン様っ」

 部屋の前で見張りの兵2人が叫んでいる。幸いどちらも部屋の方に気を取られていて周囲を気にしていない。だからそのまま近づいてカリンと共に倒せば、兵士の声がなくなったせいで部屋の中の音と悲鳴が聞こえてくる。女の悲鳴と、モノが落ちる音、ぶつかる音――明らかに何か起こっている。
 セイネリアはドアの作りを確認してすぐ、肩からぶつかっていった。一度目でドアは軋んで少し奥へへこみ、二度目で更にへこむ。そうして次で壊れるかと思ったところで、声が聞こえた。

「待ってくれ」

 速く走れないながらも急いできたのだろう、セウルズがこちらに向かってくるのが見えた。セイネリアはそのまま三度目の体当たりをしてドアの留め金が一つ完全に吹っ飛んだのを見てから一度引き、最後に壊れて引っかかる程度になったドアを蹴り飛ばした。
 完全にドアが吹っ飛んで中に倒れる。
 そこでクーア神官の男に顎で先に行くよう促せば、すぐセウルズが中へと入っていく。

――一応、約束は約束だからな。

 ただし、中はそんな事を言ってられない状況だろうが。

「サウディン様、お止めくださいっ」

 すぐにそう声が聞こえて何かがぶつかる音がする、それに呻き声としか思えない苦し気な声が続く。

「はな、せ……はなせっ……この女が……があぁぁっ」
「サウディン様っ」

 これは約束云々の話ではないと判断し、セイネリアはカリンに視線を向けてから部屋の中に入った。そこには床に転がる女と、その傍で少年を押さえつけているセウルズの姿があった。

「カリン、ガキの様子がおかしい」

 顔色や様子からしてただ興奮しているだけには見えない。それにカリンも気づいたたのか、すぐセウルズのもとに向かった。

「失礼します、そのまま押さえていてください」

 カリンがセウルズに押さえつけられている少年――あれがサウディンなのだろう――に近づいてその顔を調べ、息の臭いを確認する。他にもいくつか確認して、カリンはすぐに自分の荷物を漁りだした。

――やはり、毒か。

 ボーセリングの犬、暗殺者として育てられたカリンは毒にも詳しい。そこまで特殊なものでなければ解毒手段は常に持ち歩いている。

「死にたくなければ飲んでください」

 言ってカリンが自分の荷袋から取り出したものをサウディンの口に押し当てる。それを見てセウルズがサウディンの顔を上に上げさせ、口の中にそれを落としやすくした。
 どうやら本人も生きる気はあったらしく、その後にカリンとセウルズが安堵した様子を見せたのを見て、セイネリアも無事サウディンが解毒薬らしきものを飲み込んだのだと分かった。

「このままベッドに寝かせて下さい。暫くすれば楽になってくる筈です」

 言われてカリンとセウルズが少年を持ち上げてベッドに寝かせる。まだ荒い息を吐いてはいるが大人しく黙っているから苦しさは大分違ってきたのだろう。セウルズが治癒術を掛け出したから間もなく回復すると思われた。
 そうして部屋を見渡したセイネリアは、床に転がっている女の喉に赤い跡があるのを見付けた。この女はサウディンの母エーシラと見て間違いない。大方、敵が近づいているのを知ったこの女が息子を毒殺して自分もそれを追おうとした。それに気づいた息子が毒に苦しみながら母の首を絞めた――と状況としてはそんなところだろう。侍女が部屋にいない辺りからして、最初から母親の方が殺す気で息子を迎えたと見ていい。

「サウディン様、お加減はどうでしょう?」

 治癒が終わったのか、声を掛けてセウルズがサウディンを起き上がらせる。サウディンはまだぼうっとしていたが、静かに起き上がったから問題はなさそうではある。

「先、生……私、は……」

 まだ状況が分からないのか、もしくは状況が思い出せないくらい頭がぼやけているのか、サウディンは驚きもせずにセウルズを見てからゆっくり周囲を見渡した。
 だがそこで、床の女が僅かに動いた。そして女は目を開くと同時に、傍に落ちていた短剣を拾って起き上がった。
 カリンはすぐにそれに気づいた、だが位置が悪い。ベッドを挟んだ向こう側にいたためすぐに行けなかった。セイネリアの位置は更に遠く、短剣を投げるしかないかと腰に手が行ったところでセウルズが動いた。

 振り下ろした短剣はサウディンを狙っていた。
 だがその刃はベッド上の少年に届くことなく、その前に出された老アッテラ神官の腕に刺さった。




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