黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【48】



 エデンスは殆どが神殿所属となるクーア神官としては珍しく冒険者なんてのをしているが、なにせシェリザ卿の下にいたのが長いのとその後の逃亡生活もあって実際そこまで冒険者としての仕事をした経験は多くない。
 だから当然アルワナの信徒はともかく神官に会ったのは初めてである。だがセイネリアはこれ以前にもアルワナ神官に会った事があるらしく、裏街の顔は勿論、魔法使いの知り合いといい、本気でいろいろな方面に顔が利く男だと改めて感心した。
 ただ、あのアルワナ神官への態度からして直感的に思った事がある。

「なぁ、もしかしてあんたはあのアルワナ神官を知ってたのか?」

 まだ一般兵にはクーア神官がいると堂々と知らせる気はないから、転送はアイネイク村の近くまでにして残りは徒歩で帰る事にした。その短い道中、思い切って聞いてみれば、前を歩いていた男は足を止めはしないものの振り向いた。その表情からは勿論、この男が何を考えているのかは読めない。そしてすぐに彼はまた前を向く。

「あぁ、知っている」

 それにエデンスは少しだけ驚いた。いや、知っているという事にではなく、彼がすんなりそれを教えてくれた事にだ。

「だから仕事を頼んだ。本当に得体の知れない人間だったら、いきなり契約を持ち掛けないさ」

 勿論口調にも顔にも読み取れるだけの感情はない。どうみても他人行儀だった相手を知ってるというのならいろいろ詮索したくなるところだが、この男が自ら説明しない事は聞かないほうがいいんだろう、くらいはエデンスも分かっている。だから頭を切り替えた。

「……成程な。だが勝手に契約なんていいのか? 契約って言ってもあんたとじゃなく、今回の雇い主と契約してもらう気なんだろ?」

 あまりにも偉そうな態度に忘れそうになるが、この男自身が雇い主となるのなら契約するより先に冒険者事務局に届けなくてはならない。後から届けてもいいのは信用があると認められるようなしかるべき地位の人間――貴族だけだ。

「メイゼリンなら問題ない。後で許可を取っておく」
「先に許可取ってからじゃないと怒るんじゃないか?」
「問題ない」

 さらっと当たり前のように言われればさすがにそれ以上聞きはしない。この男の事だから、既にあの領主夫人をたぶらかしてるのかもしれない……なんて考えたら聞くのが馬鹿馬鹿しくなったというのもあるが、とりあえず希望的観測なんてありえない男だから、彼が問題ないと言えば問題ないと思っていい筈だった。

 それにしても――とエデンスは考えた。

 聞けば教えられる事は教えてくれる、教えられない事は言えないというこの男は、嘘や誤魔化しはないから仕事をする上での仲間としても上司としても信用出来る人物だ。ただこうして話していると得体の知れない不気味さを感じるのはいつもの事で、それは確実に前に仕事をした時より強く感じるようになった。

――黒の剣、ねぇ。

 この男が変わった原因だと思われるその剣について、エデンスが知る情報は少なすぎる。だからヘタな事を言わない方がいいというのは分かっているが、それでもこういう機会は次にいつあるか分からない。

「なぁ、マスターさんよ」

 返事はないが、聞いているのは分かっているのでそのまま続けた。

「俺は別にあんたの事情に深入りするつもりも詮索するつもりもないんだが、一つだけ言ってもいいか」

 黒い男はそこで一度足を止めてこちらを見る。
 これだけ偉そうな男のクセに部下の話はちゃんと聞こうとする、というのもこの男のすごいところなんだが――エデンスは苦笑した。

「あの嬢ちゃんは部下っていっても特別なんだろ? だったらあの娘(こ)にだけはあんたが抱えてる悩みとかさ、へたな奴には言えないような深い事情とかを話してもいいんじゃないか?」

 それでも黒い男は表情を変えない。だが僅かに彼の口元が皮肉げに歪んだのを見てエデンスは続けた。

「早い話、あんまあの嬢ちゃんを心配させるなって事さ」
「そうだな」

 声にはやはり感情はない。けれど言うと同時に背を向けて歩き出した男を見れば、今の言葉に反してこの男の返事は拒絶なんだろうとエデンスは理解した。




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