黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【47】



「あー……そうかい」

 安堵する事にしたのか、エデンスは気が抜けたように首を左右に振るとそこから大きく背伸びをしてみせた。セイネリアはその様子を見てからラスハルカに向き直る。

「さて、こちらに敵対する気はないというのは分かったが、ならこちらに協力する事は可能か?」

 それにはさすがにラスハルカは表情を険しくして警戒を露わにした。

「勿論、お前の立場として基本はただの傍観者で勝敗に関わる気がないのは分かっている。だがもう勝敗は決定した、ここから覆る事はまずない」
「それは……そう、ですが」
「だからこちらの依頼は、その後に起こるかもしれない余計なイザコザを回避するために少し手を貸してほしい程度の事だ」
「具体的には何を望んでいるのですか?」

 それで口調が冷たく変わった彼に、やっと本気で交渉する気になってくれたかとセイネリアは思う。

「簡単な事だ、このままここにいてここの連中が何がやらかしそうだったらこちらに知らせてほしい。期間はこの領主争いに決着がつくまで、勿論きちんと契約して報酬も出る。正式に冒険者のあんたに仕事として依頼したい」
「私は貴方の敵対軍と傭兵契約を既に結んでいます、契約違反になりますが」

 彼のいうのはつまり、寝返った――依頼主に対しての裏切りになるという意味だが、今回はそれについて回避できる理由がある。

「あの戦闘でサウディン軍は敗北し、それ以後の報酬が払われなかったから契約は切れたとみなした、でいいだろ」

 戦闘中の傭兵仕事の報酬は日払いが基本だ。現地で払えない場合も報酬を約束するものが必要となる。それがなされていない時なら裏切り扱いにはならない。
 ただし戦況によってはのんびり更新作業や支払いなんてしていられない事もあるから、後から払う事も可能ではある。

「もしサウディン派の人間が、私にその間の報酬を払ったらこちらの裏切りになりますが」

 だから彼の言う通りの事も起こりえない訳ではない、が。

「それはない、サウディン派は負けて、お前に報酬を払う立場の人間は全員失脚するからな」
「随分と自信があるのですね」
「あぁ、ゼーリエン側に俺がいるのだから間違いない」

 そこでラスハルカはぷっと吹き出して笑いだした。記憶を消されたからといって性格が変わった訳ではないのはそれを見れば分かる。だからこそセイネリアも契約を持ちかけたのだ。

「本当に面白い人ですね貴方は。……実はですね、私がそちらに見られているのに反応してしまったのは、貴方に対する死者達の反応があまりにも不思議だったので会ってみたくなったからなんです」
「俺にはどんな死者も恐れてよりつかないからか」

 それにはまた彼は少し驚いて見せる。

「……え、えぇ、どなたか他のアルワナ神官にそれを聞いた事があるのですか?」
「あぁ、昔仕事で組んだ事があるアルワナ神官がそう言っていた」
「そうですか」

 そう言って目を細めてこちらを見る彼が何を考えているのかは分からない。ただそれをわざわざ聞く気はなかった。彼とはただの初対面の相手として接するだけだ。

「あぁ、念のためあと一つ聞いていいか。……あんたは元からサウディン側の傭兵としてここにいる連中に顔が知られていたからすんなり連中の仲間として村に入れた。その認識でいいか?」
「はい、その通りです」
「なら何故今、ここの連中を眠らせたんだ? ……いや、そもそも何故ここに来た」

 多少はそれも予想がついているが、セイネリアとしては最後の確認のようなものだ。ラスハルカはそれに少し視線を泳がせて、まるで失敗がバレた子供のようにバツが悪そうに答えた。

「それは……ここにいる死者達があまりにも苦しそうだったので、アルワナ神官としてその言葉を聞いて、出来れば眠りの国へ導ければと思っただけです。その時に、邪魔されたくなかったので皆さんには暫く寝て貰いました」

 返ってきたその言葉は予想通りだった。
 今彼が立っているここは門の近くで、セイネリアが多くの死体を落とさせた場所だ。おそらく彼には誰かもわからない程破壊された死体達の魂の、恨みと苦しみの声が無視できなかったのだろう。だからその声に応えるために開放された後ここへ戻ってきた。

――なにせこいつは、あの狂った王の話を聞こうとしたくらいだからな。

 やはりこの男は自分が知るラスハルカだとセイネリアは思った。記憶はなくても彼自身が変わる訳ではない、分かっていた事ではあるが確認出来たのは少しだけ嬉しくもあった。




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