黒 の 主 〜傭兵団の章一〜 【46】 「気付かれてるなら、向うは何か合図をしてきているか?」 セイネリアが聞いてみれば、エデンスは視線を向うに向けたまま暫く黙って、それから嫌そうに答えた。 「んー……そうだなぁ……あ、笑って手を振られた」 「気付かれてるのは確定だな」 「どうするよ?」 エデンスがこちらをわざわざ振り返って聞いてくる。 「なら会ってみるしかないな。どうせ周囲の連中は皆寝てるんだろ?」 「あ……あぁ」 「なら行こう、転送を頼む」 セイネリアは言いながらクーア神官の肩に手を置いた。 「……分かったよ」 その言葉の後にすぐ呪文が続いて、周囲の風景が歪んでいく。 だがそうして切り替わって新しく目に飛び込んできた視界の中に、あまりにも想定外の人物がいたことでセイネリアでさえ驚いて目を僅かに見開いた。 「まず最初に、私は貴方達と敵対する気はない事を伝えておきます」 そう言ってこちらに丁寧にお辞儀をしてみせた人物をセイネリアは知っていた。確かに彼なら、ここの連中を眠らせる事も、こちらの事を察知する事も可能だったろう。 「どういうつもりだ?」 彼にそう聞いたのはエデンスだ。だがセイネリアはその相手を見ただけで、何故ここにいるのかある程度の予想はついた。だから向うが答えるより先に言ってやる。 「サウディン側に傭兵として入り込んでいたのか? アルワナ神殿の情報収集要員として」 ――なぁ、ラスハルカ。 まったく、こんなところでまた会えるとはどういう偶然なのか。見た目は割合軽装の傭兵、しかも頼りなさそうなこの優男がアルワナ神官である事をセイネリアは知っていた。ただし彼は見た事を忘れるために魔法ギルドで記憶消去の処理をされた筈である、つまり彼はこちらを知らない。 「……それは……」 さすがに向うも、アルワナの名が出れば驚いた顔をした。 「この状況からすれば、お前がアルワナ神官なのはすぐ分かる。こちらが見ているのを察知したのは死者から聞いたんだろ?」 とはいえこちらも正直に『お前を知っているから』と言いはしない。だからそう返せば、向こうも諦めたようにため息をついた。 「そうですか。流石にしくじりました、とぼけるつもりなら気付いていないフリをするべきでしたね」 「そういう事だ。だが敵対する気がないというならこちらも危害を加える気はない。ただし何故ここにいるのかくらいは一応言ってもらおう」 「そうですね……」 考え込む彼を見れば、セイネリアの口元にはどうしても皮肉気な笑みが湧く。 そのうちまた会う事もあるとは思ったが、まさかこんなに早く会うとは思わなかった。偶然としては随分と出来過ぎていて何者かの意図を疑うところだ。 「全て貴方の推測通りですよ。確かに私はアルワナ神官で、傭兵として貴方達とは敵対していた側に参加していました。ただし私の目的はこの戦いの様子を見届けることだけです。どんな戦いがあってどういう経緯で勝敗がついたか……勿論傭兵として戦う事はありますが目的はあくまでこの争いの顛末を最後までみることです。戦いの勝敗自体はどちらが勝とうが構いませんし、勝敗のために何かしようとは思いません」 そうして見て来たものをアルワナ神殿に伝える。それが彼の仕事だ。 セイネリアは知っている――アルワナ神殿が情報収集のために各地に送り込んでいる神官、彼はその中の一人だという事を。アルワナ神官とバレると警戒されるため、普段は神官に見えない姿をしているのも彼らの特徴の一つだ。 「娼館まわりでは有名な話だ、アルワナ神官は正体を隠して情報収集を行っている、寝る時は体のどこかにアルワナの印がないのを確認しておくべきだと」 「成程、だから貴方にはすぐバレたのですね」 にこりと笑う彼の顔は前に見た時と変わらない。ただ彼がセイネリアやあの仕事の事を忘れているのは確定と見ていいだろう。 「つまりだ、こいつはアルワナ神殿からこの戦いがどうなるか見るために送り込まれた神官ってことかね?」 「そういう事だ。ついでにこちらと敵対する気がないのは本当だろう」 ずっと警戒してラスハルカを見ていたエデンスが話に入り込んできたから、セイネリアは彼の方を向いて言ってやる。エデンスはそこではーっと大きく息を吐いた。 --------------------------------------------- |