黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【45】



 アイネイク村についたゼーリエン軍は、予定通り村長の申し出を受けて暫く村へ滞在する事となった。勿論部隊全員が村の中に入るのではなく、ゼーリエンとメイゼリンが村長の家に滞在し、護衛部隊がその傍で天幕を張るだけになる。大半の連中は村の外に天幕を立ててそこに滞在する。
 勝敗が決まった時点で声を掛けてきたあたり村長の狙いは明白過ぎて笑えるが、時間を掛けて進軍し、敵側の自滅を促すつもりのこちらとしては都合が良かった。念のため村長には何も言わずに村に入る時から最初の夜の歓迎の宴までをエデンスに見張らせ、怪しい行動が見えなかった時点でクーア神官の存在を告げた。一応こちらに危害を加える気がないのを確認した上で、こちらは何をしてもお見通しなのだと脅しておいた訳である。

 ただ、そうしてアイネイク村について歓迎の宴が終わった後、セイネリアはメイゼリンに呼び出しを受けてある相談をされていた。そしてそのせいで、セイネリアはエデンスと共に翌朝早く、秘密裡にシェナン村に一度戻る事になった。

「まぁ確かに、当然起こりえる事といえばそうだろうな」
「そうだな」

 目的地がシェナン村とは言っても、直接シェナン村の中まで転送で行きはしない。まずは転送を繋いで村の近くまで行き、そこから村の中をエデンスに見て貰う。

「あー……確かにいるな」
「何人くらいいる?」
「そうだな……30人弱ってとこかね」
「解放した西軍の連中で間違いないか?」
「多分な、恰好からして大半の連中はそんな感じだ」

 ゼーリエン軍が出発した以後、この周囲を見張っていた者からの報告として入ってきたのは、開放した元サウディン派の兵士達が誰もいなくなった村に住み着いているという内容だった。メイゼリンはそれを受けて様子を見てきて欲しいと言ってきたのだ。
 幸い、まだ村からそこまで離れた訳ではないから、転送で6,7回飛べば現地に着ける。クーア神官がいるからこそ自分の部下を使わずセイネリアに頼んできたのだろう。

「まぁ、連中にしてみれば、確かに丁度いい場所だからな」

 戻れば戦いに駆り出されるため、この争いに完全な決着がつくまで帰れないと、連中は無人となった村に身を隠す事にしたのだろう。元の村の住人が帰ってくる可能性もない訳ではないが、全ての決着がつくまでは恐れて帰ってこない可能性も高い。
 さすがに村を出て行く前にここを盗賊の根城にされないために村を囲っていた柵等はかなり破壊しておいたが、無人の家があちこちにあるここは彼等にとって隠れ家として都合がいいのは確かだ。

「で、どうするんだ? 依頼主はどうしろって?」
「とりあえずは様子を見て、何人いるか、どんな様子かを教えてもらいたいそうだ。大人しくひっそり身を隠しているだけだというなら、砦から見張りを立てて貰う程度でいいだろうと言っていた」
「そりゃつまり、基本は放っておくって事かね?」
「人数が多すぎない事と、大人しく目立たないようにひっそり暮らしてるなら、という条件でな」

 すると少し考えた後、またエデンスは村をじっと見て――それから、彼の表情が変わった。

「何かあったか?」

 聞いてみれば、エデンスは顔を顰めたまま考えるように答えた。

「いや……のんびり平和に寝てる連中が多いとは思ってたんだが……なんかおかしい。寝てるだけならまだしも……座って居眠りしてる奴が多すぎる」

 この朝の時間で寝ているのなら――まだ起きていない、つまりベッドにいるか何かにくるまって寝転がっているのが普通だろう。一度起きたあとの作業中に居眠りもあり得ないとはいわないが、30人程度の中でそんなに何人もいるのはおかしい。
 そしてこういう場合、この国ならばまず思いつくものがある。

「周りが寝ている中、不自然に一人だけ起きてるような奴はいないか?」

 能力の分野は違うが術者として、エデンスも質問の意味が分かったらしい。

「んー……あぁ、ちょっと待ってくれ……いた、確かに一人悠々と歩いてるのがいる。ただ術者ってより普通に傭兵っぽい奴だが……うぇっ」
「どうした?」

 最後に驚いたような声を上げたから、当然セイネリアは聞き返した。

「こっち見やがった。まさか見られてると分かってるのか?」

 成程、眠らせた原因がその人間ならその可能性もなくはない。例えばそいつがアルワナの術者なら、眠らせる事も、死者から聞いてこちらに気づく事も出来るかもしれない。




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