黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【49】



 アイネイク村への滞在は6日目になった。
 その間に近隣の町村の代表者や、領内の有力者達の使者がひっきりなしにメイゼリンを訪ねてきていたが、その日の使者はそれらとは違い大きな意味を持っていた。

「ボクル・セディエッドというのは我が夫の父、つまり前々領主の代から財務を預かってる男でな、この男がこちらに付くというのなら向うの官僚連中の半数以上も一緒だと思って間違いない」

 会議での報告の後、個人的に呼ばれた部屋でメイゼリンはセイネリアに向かってまずそう話した。

「実際ボクルが他の連中に声を掛けていろいろ動いているらしい事は、向こうにいる者から報告は受けてる。今回の文書は本気だと思っていいと思うぞ」
「まぁ実際、向こうは酷い状態らしいからな」

 セイネリア側へ入っている報告を思い出して皮肉を込めてそう言えば、メイゼリンも失笑というように笑いだす。

「どうやって泥船から逃げ出すか悩んで右往左往してる連中ばかりだ。ここでボクルがゼーリエンを領主に迎えると宣言すれば、エーシラの親族以外は雪崩式にこちらにつくだろう」

 それはセイネリアの予想とも一致する。だがここで問題なのは、その時起こる混乱だ。
 まずボクルが動いたという事で、古参官僚達の大半はこちらにつくよう根回しが済んでいると思っていい。だが問題はボクルに声を掛けられなかった新参者や、立場が低めの者達だ。
 古参の連中は問題ない。こちらにつくと言っても一度持ち上げたサウディンをないがしろにするつもりはないだろう。実際、ボクルの文書にはサウディンに対する処罰の軽減を請う内容も記されていた。
 だが地位が安定しない連中は極端な行動に出やすい。
 その中でもあくまでサウディンに付くという者達は領民を人質にとるような手を考え付く危険があったがそれはほぼなくなったと見ていい。事態がここまで進めば賛同者が少なすぎてまず周りに止められる。
 だから問題は焦ってこちらに寝返ろうとする連中だ。彼らはこちらに取り入るため、目に見えた手柄を示そうとする可能性が高い。

「メイゼリン、ボクルにはまだこちらに付く事を宣言しないように言えるか?」
「あぁ、私もそのつもりだった。もう少し近づいてからの方がいいだろう、タイミングはどこにする?」

 メイゼリンとしてはボクルが反旗を翻してすぐ、こちらと合流出来る状況にしたいのだろう。

「カシネールの町は近すぎるか、あまり近づくとボクル達が動かなくても発狂しだす連中が出るからな。セリカ・デイの村ではどうだ?」

 そこからなら、エデンスの転送でも10数回で領都へ入れる。

「そうだな、セリカ・デイ村の村長には既に話がついてるし丁度いい」
「それとセリカ・デイ村へ着いたら、俺はあんた達と別行動をとりたい。あぁ団の連中は基本的には置いていく、俺とクーア神官とあと1人で先に領都に入るつもりだ、あんたの許可が欲しい」

 メイゼリンは意外そうにこちらを見る。

「なんだ、先に行ってお膳立てをしておいてくれるのか?」
「まぁそうだな、状況によってはそうなるかもしれないが……あんたの息子から頼まれている事がある」
「ゼーリエンが?」

 今度は更に驚いた顔で、彼女は身を乗り出した。

「新領主様はサウディンを殺さず、出来るだけ自由に生きられるようにしてやりたいとお望みだ」
「馬鹿な、そんな事が出来るかっ」

 と、即返したメイゼリンだったが考えるところがあったらしく、すぐに黙って考え込むと椅子に深く寄り掛かった。

「だが……あの子が望んでいるのか」
「そうだ、あんたはどうしたい?」
「領主争いとなった場合、負けた方は生かしておくとしても幽閉が当然だ」
「あんたの息子はそれを望まない、なら母親としてのあんたはどう思う?」

 そう聞けばメイゼリンは苦笑する。

「母としては……あの子の望みなら叶えてやりたいが」

 その声は彼女にしては弱弱しかったから、確かにそれが母としての本音なのだろうとセイネリアは思う。

「なら俺はあんたからの正式の依頼として、出来るだけはそうなるように働こう」
「出来るのか?」
「あくまでそのために動くだけで、絶対出来るとは言わない。なにしろサウディン自身がそれを受け入れられるような人間かどうかが分からない」
「確かにな」

 サウディンが領主に固執してゼーリエンを恨むような人間なら、いくら約束したとは言ってもゼーリエンの望みを叶える事は無理だ。だからこそ、ゼーリエン自身が領主の館へ入る前にセイネリアが行っておく必要があるのもある。

「それに、もしどうしても殺さないとならないような人間だった場合、ゼーリエンの前で処刑はしたくないだろ?」

 するとメイゼリンはまた母親の顔になって、目を閉じて頭を下げた。

「……頼む」




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