黒 の 主 〜傭兵団の章一〜 【40】 戦闘があった翌日、予定通り西軍兵士は解放された。護身用程度の武器と食料だけは持たせて、勝手に帰れと村から追い出した。勿論こちらに付いて戦いたいと言った者にはそのまま残る事を許し、彼等だけの部隊を一つ作った。ただこれに関してはオーランはいい顔をしなかったため、ここでセイネリアはメイゼリンとオーランにエデンスの事をばらした。今回は転送を派手に使ったからへたに疑われる前に言っておいた方がいいと思ったのもある。 そうして、クーア神官が定期的に彼等を見ておくと言えば彼等も安堵して了承した。なにせもと西軍兵を取り込むことそれ自体は有益だ、オーラン派は寛大であるというアピールになる、千里眼で見張れるのならリスクもかなり低くなる。 そもそも今回の戦闘を見て尚、こちらと敵対しようと思うものはまずいない――とはセイネリアの思うところだが。 またセイネリアはこの仕事を受けた直後から、キドラサン家の屋敷、領主の館に情報屋の方から二人程潜入させてあった。メイゼリンも何人か送り込んでいるらしいから、互いに手に入れた情報を擦り合わせて向うの現状はかなり詳しく分かっていた。 とりあえず、今はセウルズ率いる西軍が負けたという報告にサウディン側の者達は狼狽えてそれぞれ自分の取る道を考えて右往左往している状態らしい。 ここから誰がどう出るか――それによってこちらの対処も変わる。 セイネリアの予想では、寝返る連中が出るのは確実だと思っているが、向こうについたままの連中もそれなりにいると見ている。問題となるのはそのまだ諦めていない連中で、彼等がどんな手を取るかだ。どう出られても対応は考えてあるが、最悪なのはこちら側が『出来るだけ犠牲を出したくない』と言っているのを逆手にとって領都周りの人間を人質として見せしめに殺しだす事である。さすがに向こうにはセイネリアのような人非人(ひとでなし)はいないだろうからそれはないと思いたいが、あり得ない事ではない。 とはいえ既に決定的ともいえる程、先の戦いの勝利によって天秤は大きくこちらに傾いた。 ここから暫くは向こうの出方を見るつもりであるため、ゼーリエン派の東軍部隊は現在まだシェナン村にいた。村人達は避難済みで村自体防御を固めてあるからいろいろと都合がいいというのもある。現在は元サウディン派が会議用に使っていた村長の家にメイゼリン達が滞在し、隊長クラスを集めた作戦会議も基本そこで行われていた。 そうして今日もメイゼリンとの話し合いが終わって自分の天幕へ帰ろうと歩いていたセイネリアは、そこでキドラサン領の兵の一人に声を掛けられた。 「あの……いいでしょうか?」 足を止めて振り向けば、一瞬兵は固まって無言になる。 だがすぐに気づいたように姿勢を正すとどうにか口を開いた。 「セイネリア様、その……ゼーリエン様が、お話ししたい、と……」 その兵士の顔には見覚えがあった。メイゼリンの天幕まわりでよく警備をしていた男だ。だから彼がゼーリエンの使者としてやってきても不思議はない。 「分かった。クリムゾン、お前は先に帰っていろ」 言えば赤い髪の剣士は了承の礼をして去って行く。 セイネリアに護衛は本来必要ないから、クリムゾンをつけているのは自分の地位に対する義務のようなものだ。ただいるからにはこうして伝言役として働いて貰う事は多い。特に指示をしなくてもこちらについてくるので普段から護衛というカタチでつかせているだけだ。 案内されたのは村長の家の別の部屋で、おそらくはゼーリエンに割り当てられた部屋だろう。ゼーリエンは一人で座って待っていて、セイネリアが入るとすぐにここへ連れて来た兵に外へ出ているよう命じた。 「護衛くらい残しておかなくていいのか?」 聞いてみれば、乾いた笑いの後にまだ少年と言える歳の領主候補は言った。 「貴方を警戒しての護衛なら誰がいても無駄だし、他に対してなら貴方がいれば十分でしょう」 成程、やはりゼーリエンは歳の割に大人びている。それに思考は冷静で度胸もある。 「確かに。それでなんの用件だ?」 少年は一度それで下を向くと、そうっと顔を上げて言い難そうに聞いていた。 「貴方は……兄上をどうするつもりですか?」 「サウディンの事か?」 「そうです」 「基本的には向こうの出方によりけりだが、領主争いが終われば大抵負けた方は殺されるか、よくて幽閉か追放だな」 ゼーリエンは息を飲む。それからまた下を向いてしまった。だからセイネリアは彼に聞き返した。 「お前はどうしたい?」 現時点でほぼ領主になる事が決まっている少年は、顔を上げてこちらを見た。 「……殺すのは……やめて、欲しいです」 「分かった、希望としては覚えておく」 そう告げると、ゼーリエンは身を乗り出して訴えてきた。 「兄上はっ……大変、なんです。いつも過剰に期待されて、追い詰められてる」 「追い詰めているのは母親か?」 それには一瞬、驚いた顔をしたものの少年はすぐに、はい、と答えた。 「兄上の母君はとても兄上に期待していて、しているだけで厳しくて、兄上はいつも疲れているようでした。だからあのまま領主になったら、きっと体か心がおかしくなるんじゃないかと、そう、私は思いました」 この話からしてセイネリアが分かった事は――つまり、ゼーリエンはちゃんと自らの意思で領主になると決めたのだろうという事だ。 「ならお前は自分なら領主としてやっていけると思ったのか?」 これは少し意地の悪い質問だ。だが少年の考えを確認しておくいい機会だとセイネリアは思った。 --------------------------------------------- |