黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【39】



 暫く黙っていたセウルズは、そこで一度ため息をついてから乾いた声で笑ってみせるとまたセイネリアの顔を見た。

「成程……そんな男だから、今回の戦いで恨まれ役をやってくれている訳か」
「俺は別に自己犠牲精神で憎まれ役をやってるんじゃない。俺にとっては相手が恐れてくれるような『悪い噂』がたつのは都合がいいからだ」

 それにアッテラ神官は顔を左右に振ると、残念そうに聞いてきた。

「何故だ……お前程の力と頭があれば、誰もが讃える英雄になる事も出来ただろうに」
「英雄か……」

 セイネリアは呟いた後、小ばかにするようにククっと喉を鳴らしてみせる。おそらくセウルズと話していて、これが初めて彼が感情を見せた発言だった。

「あんたみたいに周りから英雄視される人間を何人か見て来たが、皆不自由なばかりでいい事などなさそうだったぞ。あんただってそうだろ? 皆の信頼と期待があるから彼等に望まれる行動をしなければならない、望まれない行動はとれない。けれど所詮一人の力では出来る事などたかが知れている。期待された望みを全て叶える事は不可能だ」

 セウルズはそれに眉を寄せたあと自嘲気味に呟く。

「……否定したいが……そうだな、痛いところをついてくれる」
「だから、そういう人間を何人か見てきたと言っただろ」

 確かにカリンは、セウルズのような立場の人間をセイネリアの下で何人か見て来た。それにそもそも、そういう人間の最たる例ともいえるのが騎士団の英雄と呼ばれたナスロウ卿――主の師匠だった騎士だろう。だから彼の言う事が正しいのは確かだ。

「あともう一つ言っておくと、俺は別に他人から称賛などされたくはない、特に今の俺の力を賞賛されるのはムカつくだけで少しも嬉しくないんだ」

 ただ続けて言われたその言葉の意味を、カリンはよく理解出来なかった。それはセウルズも同様だったようで、彼は顔を顰めて考えたあと何か言おうと口を開いた……が、それが言葉になる前に、また感情の消えた声でセイネリアが言った。

「さて、今度は俺の話を聞いてもらいたいんだが」

 開いたそのままの口で、セウルズは、あぁ、と答える事しか出来なかった。

「これからこちらの軍は領都にある領主の屋敷へ向かう。ただし途中の村で協力を取り付けながらゆっくり進む。お前の部下だった連中は明日全員解放するつもりだ。……さて、ここからどうなると思う?」
「……自滅を誘う気か?」

 カリンでも主の意図は分かる。生き残った西軍の兵達はセウルズが負けた事とセイネリアの恐ろしさ、そしてメイゼリンが言ったサウディン側の兵士達も出来れば殺したくないという言葉を広めてくれるだろう。最後については何より戦った兵達が何も咎められず解放された事で言われた者達は信じざる得ない。
 そうなれば誰でもわかる、サウディン派として戦うのは無為に死にに行くだけだと。死にたくないなら大人しく戦う事を放棄するべきだと。元からトップが東軍そのものを率いているゼーリエン派と違い、西軍はサウディンを推す連中と手を結んだだけだ、面子のために意地を張って破滅する程馬鹿ではない筈だった。

「あぁ。ただ出来るだけ犠牲は少なく、遺恨が残らない形にしたい。へたをすると諦めきれず最後のあがきをする馬鹿がいるかもしれないから、その場合の説得役をあんたに頼みたい」

 初老のアッテラ神官は少し考えたあとにため息をついた。

「お前の目的が本当に今言った言葉通りであるなら……指示に従おう」
「いい返事だ、ここで疑ってかかられたら面倒だった」
「そうだな、実際のお前を見たら疑う気にはなれなかった」
「そうか」

 セイネリアはそこで話は終わりにすることにしたのか立ち上がった。それにセウルズが続けて言う。

「それだけの力があるのに、少しの野心も感じない、勝利に喜びも高揚もしない、そんな何もかもつまらなそうな男がわざわざ俺を騙す必要はないだろう」

 それにセイネリアは少し、笑ったらしかった。
 その笑い声に何故だかカリンは胸が苦しくなったが、言葉はでてこなかった。

「セウルズ・クルタ・ロセット・ダン。あんたは確かに人々から称賛されるだけの出来た人間なんだろう。ただ、俺はあんたに失望した。その理由はあんたが一番よく分かっている筈だ」

 最初は小馬鹿にするような軽い口調で言っていたそれは、終わりに近づくにつれて低くなっていき、最後には凄みを帯びて圧を掛けてくる。カリンでさえ固まったその声は、恐らくセイネリア本心からの……言葉通り失望を含んでいたのだろう。
 セウルズはそれに唇をかみしめて黙る。
 そうして誰も何も言わなくなった中、セイネリアはそのまま天幕の外へ向かって行った。カリンは結局……その主の背を見ている事しか出来なかった。




---------------------------------------------



Back   Next


Menu   Top