黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【38】



 それで起き上がりかけたセウルズもまた横になる。ただ言葉の内容とは違って、セイネリアの声に老リパ神官の容態を気にした様子は一切ない。いつも通りではあるが、どこまでも事務的で感情を感じない。ただ幾分かセウルズに対する目は普段より冷たくカリンには思えた。

 セイネリアはそこで天幕の中を一通り見渡すと、また言った。

「ただ話の内容的に、あんたの弟子は外に出ていてもらえるか? あとお前達もだ」

 最後の言葉はカリンと、傍にいるカリンの部下であるカシュナとファーゼの方を向いて。だからカリンが聞き返した。

「私も、ですか?」

 それにはセイネリアに少しだけ考えるような間があいてから返事がくる。

「いや……お前はいたいならいてもいい」

 だからカリンはカシュナとファーゼに、アッテラ神官と共に呼ばれるまで外に出ているように言った。

「体の方はどうだ?」

 天幕内に3人しかいなくなると、セイネリアはセウルズの近くまで歩いてくる。カリンもそれに合わせて主の後ろに控えるような位置に移動した。

「骨は全部どうになったそうだが、神経系はこれからだな」
「そうか」

 そうしてセイネリアが寝ているセウルズの傍に座り込めば、老リパ神官はそれまでとは違った真剣そのものの声で聞いてきた。

「まず、聞きたい。お前の目的はなんだ?」

 セイネリアは事務的に答えた。

「俺はただの傭兵だ。だから当然、目的は雇い主の依頼であるゼーリエン派の勝利。あとその上で出来れば犠牲は最小限にしろ、とも言われている」
「その割には大した惨劇を見せてくれたじゃないか」
「犠牲をゼロにするのは無理だ、なら最小限の犠牲を最大限活用してそれ以上死ななくて済むようにする。実際脅しが利いてさっきの戦いでの死者は1桁だ。そして現状、少なくとも俺が雇われてからキドラサン領の兵同士では殺し合いが起こっていない」

 その言葉の指す意味を理解したのか、セウルズの声が明らかに変わった。

「まさか……そうか、確かにあの時主に戦っていた連中は東軍の兵ではなかった」
「まぁそれでもうまく行きすぎた。あんたが早い段階でこっちの提案にノってくれたおかげで東軍の連中が本格的に参戦しなくて済んだからな」

 そこまで言い切れば、老リパ神官は驚いた顔で感心したように聞き返してきた。

「戦いが終わった後……東軍と西軍の仲が更に拗れないようにするために、か」

 セイネリアはあくまで淡々と相手に伝える。

「恨みを買う役は部外者が務めた方が少なくとも領内は丸く収まる」

 それでセウルズがははっと声を上げて笑う。それから改めて黒い騎士の顔を見て目を細めた。

「やはり、強いだけの男ではないな。なら……俺がヘタにあれこれ言う必要はないか」
「さっきも言ったが俺は出来るだけ犠牲は出すなと言われている。だからここからは、敵が余程馬鹿な手を使ってこない限りは殆ど殺さない予定だ」

 そこでアッテラ神官は、一呼吸おいてから声を顰めて聞いた。

「……もし、余程の馬鹿な手を使われた場合は?」

 それに返すセイネリアの返事に迷いはない。

「殺さなくては事態を収められないなら殺すさ。勿論出来るだけ早く原因の馬鹿を始末するのが一番重要だが」
「……それが、しかるべき地位の、殺せば面倒な事になる人間だった場合でも?」

 この問いからすればおそらく、『馬鹿な手を使いそうな地位ある誰か』にセウルズは心当たりがあるのだろう。勿論主もそれは分かっているようだった。

「そいつを殺すのが一番いいと思ったら殺す。場合によっては死ぬように追い詰めたり、殺されるような状況を作るという手もある」
「手段は選ばない、という事か」

 さすがに彼の声は固い。
 そして当然ながら、それに返すセイネリアの声はあくまでも淡々と平坦で事務的だ。

「当然だ。ついでに言うと、そいつを殺す事でこちらの立場が危うくなるなら殺す方法は考えなければならないが、別に恨まれたり罵られたりするくらいなら問題ない。むしろハクがつく。……殺すべきだと判断すれば、泣き叫んで許しを請う女子供でも俺は殺せる」

 セウルズが息を飲んで下を向く。セイネリアの表情はピクリとも変わらない。緊張した空気が流れた。




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