黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【37】



「ただの遊びと割り切らない女とは基本的には寝ない主義だ。それにあんたは仕事相手として信用出来る、切り捨てるには惜しい人物だというのも理由だ」
「どういう事だ?」

 メイゼリンはまた身を乗り出して聞いてくる。
 セイネリアはわざと瞳に圧を乗せて言ってやる。

「切ってもいい人間相手なら、面倒事が起こった場合は文句が言えない立場に追い込んでやればいい。だがあんたにはそこまでしたくない、仕事相手として今後も付き合いたいと思っているからだ」

 直後、彼女が息を飲むのを見て、セイネリアは茶化すように軽く声を上げて笑って見せた。

「縛られる気はないが仕事なら今後も受ける。もしあんたの敵に回る事があればその前に一声かけると約束してもいい。だがあんたの部下になる気も夫になる気もない、そういう事だ」

 メイゼリンはそこで大きくため息をついた後、また笑いだした。ただ今度は彼女らしい豪快な笑いというより、自嘲じみた喉を鳴らすだけのものだったが。

「……本当に、ただの平民出とは思えない男だな。シェリザ卿の失墜、デルエン領の後継者問題、ザウラ領内の襲撃騒ぎ、それとあのハリアット夫人が大人しくなったのも、やはりお前が何かしたのか?」

 武人一家の出というわりにはこういうところを調べているあたり、セイネリアが彼女を評価しているところだ。

「悪いが仕事には守秘義務がある」

 そこで彼女はまた大声で豪快に笑った。

「分かった、もう無駄な事は言わない。だがこの仕事に関しては最後まで付き合ってもらうからな」
「それは最初からの契約通りだ、了承している」

 セイネリアの主義的に雇い主が裏切らない限りは受けた仕事を放り出す事はしない。これからも繋がりを持っておく気があるなら尚更。ただこの仕事においてのセイネリア個人の目的は終わってしまったから、気力的な部分が萎えているのは仕方なかったが。







 サウディン軍の総指揮官、セウルズ・クルタ・ロセット・ダンはセイネリアの捕虜として、セイネリアの天幕で寝かされていた。
 カリンとその部下二人、カシュナとファーゼは基本的にセイネリアの天幕で寝る事になっていたのもあって、現在はセイネリアに留守を任されつつ彼の見張りをしていた。ちなみにエデンスはもう一つの団の天幕の方で休憩中で、クリムゾンはセイネリアについていっている。
 セウルズの治療は最初にリパ神官3人で治せるだけ治し、ここに寝かされてからは団のリパ神官が様子を見つつ治癒をする事になっていた。

「すまないが、水を貰えるだろうか」

 どうやらセウルズが目を覚ましたらしい。声が聞こえて、カリンは『彼等』のところへ水袋を持っていった。

「ありがとうございます」

 受け取ったのはセウルズの弟子のボーテというまだ若いアッテラ神官だ。彼は武器を持たない事を条件でセウルズについてここにいる。彼もまた団のリパ神官と共ににセウルズに治癒術を掛ける事になっていた。
 ボーテは水袋の中身を水差しに入れると、セウルズのところへ行って彼が体を起こす手伝いをした。

「すまない、ボーテ」
「何を言っているのですか、これが私の役目です。それよりお加減はどうですか?」
「そうだな、動かなければ痛みはない。腕も動くから日常生活的にはどうにかなるだろう」
「……そうですか」

 限界の強化を掛けたセウルズの体は、骨折等の怪我で倒れた直後は本気で身動き一つ取れない状態だった。リパ神官3人掛かりで術を掛けたから骨は治った筈だが、神経系の痛めた箇所はこれから確認しながらの治療となる。ただしそれでももう元通りにまで戻る事はないとの事だ。

「それでボーテ、ここはどこだ?」

 それにはカリンが彼の近くにやってきて答えた。

「ここは我が主、セイネリア・クロッセスの天幕になります。貴方は主の捕虜として主がその身の安全と出来る限りの治療を保証します」
「そうか……では、あの男はどこに?」
「今は用事で出ています、間もなく戻るとは思いますが、今は無理をなさらず眠っていてください」
「そうか……そうだな。出来れば早く話したかったのだが」

 セウルズは微妙そうな顔をしながら弟子の手を借りてまた横になった。ただ直後、天幕の外にセイネリアの声が聞こえて、カリンは入口を振り返る。
 彼女の主は、クリムゾンに何か用事を頼むと、天幕の中へ一人で入ってきた。

「おかえりなさいませ」
「あぁ」

 それで横になろうとしていたセウルズがまた起きようとしたから、それにセイネリアが声を掛けた。

「そのまま寝ていろ。別に寝てても話くらいは出来るだろ」
「だが、礼儀としてはな……」
「そんなくだらん事は気にしなくていい、俺もあんたとはいろいろ話しておくことがある、楽な恰好でいてもらったほうがこちらも遠慮せず話が出来る」




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