黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【34】



 現状を客観的に考えたなら、動作的にどう見てもセウルズの方が体力を多く消耗していると言わざる得なかった。痛覚は切っていても疲労がなくなる訳ではない。筋力を使えば疲労は確実に溜まって体を鈍らせる。体力という面では年齢的に向こうの方が元から上だ。更に言えば無理を強いている体は確実に壊れて使えなくなっていく。長引けば長引く程こちらが不利になっていくのは明白だった。

 キン、と幾分か高い音が鳴ると同時にセウルズは一度相手から離れた。体から力を抜いたせいか一瞬、足元がふらついたがそこはどうにか踏ん張り切った。そうして構え直して相手を見れば、向うはまったく息を乱した様子もなく怠そうに剣を片手で持って回してから、見せつけるようにゆっくりと構え直した。

「なんだ、お前は……」

 咄嗟に出た言葉は当然、考えて言ったものではない。
 相手のあまりにも疲労が見えない様子に自然と出てしまっていただけだ。自分が相手をしているのは本当に人間なのかとさえ思う。改めて背筋が凍る、これは本当の化け物なのだと。

「そうだな、ただの化け物だ」

 黒い騎士は言うと同時に、今度は体勢を低くして走り込んできた。顔を前に出し、手を後ろにしているから広がるマントに隠れて剣が見えない。
 黒い影が近づいてくる。速い――セウルズは剣を前に出す。
 けれどザッと音がして、それはこちらの少し前で急停止を掛けた。反動で黒いマントが大きく広がる。セウルズは目を凝らして剣の位置を追った。銀の煌めきが黒い布の隙間に見える、それに合わせて剣の角度を変えた。
 鉄の刃同士が当たる。重い手ごたえが掌に、手首に、腕に返る。
 止めきるのは不可能だった。
 いくら純粋な力比べだけなら勝てても、剣の速さが乗れば受けて止め切れるものではない。だからここは受け流すしかない。
 剣の角度を変えて逸らそうとする。だが勢いのせいで逸らし切れない。腕に相手の剣先が当たる。
 勿論、腕の装備に当たったから怪我にはならない。それでも体に衝撃がくる、体勢が一瞬くずれそうになって足に力を入れて踏みとどまる。そこからその足で地面を蹴って、今度は剣を切り返して相手を叩いた。

 無茶な体勢は体への負荷が大きい。
 痛みはないが、筋肉が立てるぶちぶちという音を体の中で感じる。
 とにかく、この男を負かすには全力をぶつけなくてはならない。だから全力で剣を振りぬいた。

 だが剣は止められる。まるで剣で岩か壁でも叩いたような感触と共に、ガシ、ともゲシュ、といういえない妙が音が鳴ったと思えばこちらの剣が曲がっていた。
 同時に、腹に衝撃がきて視界が揺れる。
 蹴られたのだと分かった時には後ろへ数歩下がっていた。
 痛みはないが足が体をささえきれない。セウルズはよろけながら後ろへ下がる。そこに黒い闇が襲ってくる。よろけながらもセウルズは剣を横に薙いだ。勿論曲がった剣に攻撃能力は期待していない。相手を引かせるか、叩いて向うの体勢を崩せるだけで良かった。

 だが剣は何にも当たらず空を斬る。手ごたえは返らない。

 そこへ再び衝撃がくる、今度は足だった。
 視界がぶれて、次の衝撃は背にくる。白い空だけしか見えなくなった事で自分の体勢を知るものの、その白の右隅に黒い布を見つけて咄嗟にセウルズは左へと転がった。そのままその反動で飛び起きる。痛みを感じないからこそ出来た芸当だがダメージは相当にきていた。立てているから足の骨は折れていないだろうが、立っている筈なのに体は安定せずに揺れる。はっ、はっ、と口からは荒い呼吸が吐き出されてこちらも止める事が出来ない。おまけに体に力を入れて構えを取ったら咳まで出た。

――体はもう、相当ガタがきてるか。

 痛みがないからどこがおかしいかはわからない。だがどこがイカレたにせよ戦いを止める選択肢はない。勝っても負けても二度とまともに戦えない事は分かっている。ならば動けるうちは戦うだけだ。

 セウルズは吼えた。それから全身に残る最後の力を込めて黒い男に向かっていく。

 だがその直後、彼の体は再び地面に転がる事になる。黒い騎士の剣は見えていたが止めるだけの力はもうセウルズに残されてはいなかった。だからその剣を受けた体勢のまま、セウルズの体は足から崩れ落ちた。

 そして今度は、どうあがいても立ち上がる事は出来なかった。




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