黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【33】



 体が軽い、力が漲(みなぎ)っている。
 構えただけで体感できる剣の軽さに笑いたくなる。
 実際、口元が笑ってしまいながらセウルズは黒い騎士を見据えた。

――さて、向こうはどれほどの化け物か。

 当然だが、完全に最大限までの強化を掛けたのはセウルズにとっては初めてである。だから正直、現状の自分がどれほどの力があるかも分からない。これで相手を上回れたのか、それともまだ相手が上か、それは実際試してみないと分からない。
 こちらが構えを取ったのを見れば、向こうも下ろしていた剣を構えた。

「さて、今度は本気でいくぞ」

 その言葉に、先程のはまだ本気でなかったのかと思う反面、ハッタリの可能性も考えて――いやそれはないかと自嘲気味に思う。いずれにしろまだセウルズはこの男が分からない。善人か悪人か、策士か戦闘狂か、そんな単純な事さえ判断出来ていない。
 ただし、こうして対峙して感じる相手からの圧だけで、今まで自分が見て来た中で一番強い相手だとは確信出来る。これは本気で化け物だと、それは否定のしようがない。
 ふぅ、と大きく息をつけば、それを隙と取ったのか相手がすぐにやってきた。こちらの力を見るためにけん制で様子見してこない辺り、本気で自信があるのだろう。

 黒い塊が襲ってくる。
 こちらへ伸ばされたその剣は見える。だからまずはそれを避ける。剣はこちらの横を通り過ぎ、だが向うも避けられるのは想定内だったのだろう、すぐに剣は引かれて黒いマントが広がると共に黒い騎士の体も後ろへ引いた。
 だがすぐにその剣は振り上げられる。今度の軌道は真正面から斜め下へ、それはつまり向うにとって一番力が入る軌道であるから、これが止められれば力は互角、弾き返せればこちらが上だと言える筈だった。
 すぐに、ガシ、と鉄がぶつかる音が鳴る。弾かずぶつかったまま押し合いで止まったからこそ、その音は高く響かず、重く、鈍い。

――本気で化け物だな。

 こちらは体を壊す覚悟で限界までの強化を掛けた状態なのに、向こうはそれに素の力で対抗してくる。だが押し合えば僅かにこちらの方が上で、力が拮抗して震える剣と剣が僅かずつだが向うへと動いていた。
 とはいえ勿論、このままただの押し合いをして押し切れるとは思っていない。

「おぉぉぉっ」

 声を上げると同時にセウルズは剣に精いっぱいの力を乗せて振り切る。だがこちらの剣先は相手の体に届かず逸れていく、向うが力ずくで逸らしたからだ。
 それでも、こちらの攻勢を渡しはしない。
 セウルズはすぐにまた剣を切り返して横に振る。だがそれも剣を当てて逸らされ、相手の鎧さえ叩けなかった。とはいえセウルズには攻撃するしか道はない。一歩づつ前進しながらその度に剣を相手に伸ばす。止められてもすぐに引いて次の攻撃へ、休む暇を与えずとにかく剣を繰り出す。
 おそらく、ここで相手を攻撃に転じさせたらマズイ――本能からくる危険信号がそう告げている。体がもつ内、最大限の全力が出せる内に、相手を倒し切らねばならない。

 だがいつまで経っても、受ける相手の剣の強さは変わらない。黒い騎士はほんの少しも怯んだ様子を見せる事はない。
 どれだけ攻撃を重ねても、受けられて返る手ごたえが変わらないのだ。

 普通、これだけの力同士のぶつかり合いを受けていれば手にダメージが蓄積される。剣の勢いを使えるこちらと違ってただ受けるだけの向こうの方が握力への負荷は大きい、剣を持ち続ける事が厳しくなってくる筈だった。けれどこちらの剣を受ける黒い騎士の力は少しも鈍る事がない。どれだけ力を入れても相手の剣は確実にこちらの力を受け止めきる。その力強さにはほんの少しの綻びも見えてこなかった。

――どれだけの化け物だ、こいつは。

 剣がぶつかる度、ガツ、ガツ、と鉄同士とは思えない鈍い音が響く。どちらも力が篭っているからこそ音が響く余裕がないのだ。つまりそれだけの力同士が毎回ぶつかっている、なのに相手は少しも力が衰えない。
 勿論セウルズだって剣を馬鹿正直に毎回ただ振り下ろしている訳ではない。角度を変え、速度を変え、振り下ろし、薙ぎ、突く。向こうの体勢を少しでも崩せないかとやれるだけの事を試しているのだ。
 だが、変わらない。
 相手は変わらず簡単に剣を受け止めてくれる。

――まるで壁にでも打ち付けているようだな。

 そう考えた時点で、このまま攻撃を続けていても無駄だとセウルズは判断した。



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