黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【26】



 カリンとエデンスが組んでシェナン村内の情報収集をしているのもあって、向うの状況はほぼリアルタイムであっさり分かる。なにせ村の中はいつでも丸見えで、いつでも中に侵入出来る、文字通り向うの内情は筒抜けという状態だ。
 だからセイネリアは第二陣の方から今日30人の偵察部隊が出る情報もすぐ掴んでいたし、今夜か明日中にはセウルズが第三陣を引き連れて到着する事も先に知っていた。

 こんな都合のいい機会はそうそうない。

 メイゼリンや東軍の他指揮官とは事前の打ち合わせで、第三陣が到着した時点で村に攻撃を仕掛ける事は決めてあった。その直前の偵察部隊を襲撃するのも決まってはいたが、あれだけの人数を出してくれたのはただの幸運ではある。一応今まで10数人程度の偵察部隊を放置してきたから調子に乗って人数を増やす可能性はあったが、ここまで何も考えず調子に乗ってくれるとは思っていなかった。

 現在の時刻は夜の鐘が鳴る頃、出発は夜明け前。兵士達への通達は既にいっていて準備に入っている。とりあえず、まだ暗い内に出発し、朝日が出る前にシェナン村に襲撃を掛けるとそこまでは決定していた。

「セウルズが到着し、敵の数は300と推定される。数では互角だが、こちらが攻める側とすれば普通なら不利だ」

 出撃前の作戦会議で、そう話を切り出したのは東軍の総指揮官のオーラン・ガリエッド・リア・バミン、つまりメイゼリンの兄、バミン家の長男だ。

「ただ、向こうの門を開けるまではそこにいるセイネリア・クロッセスが傭兵部隊を率いて行う事になっている」

 そうすれば他の隊の指揮役達がざわつき始める。セイネリアに対しての目は疑わし気で、馬鹿にしたような雰囲気もある……まぁ、当然だ。守っている相手を攻める場合、門を開ける、つまり敵の陣に穴をあけるまでが攻める側としては一番犠牲が多く出る。それを傭兵部隊80人そこらでどうにかするというのだから普通ならあり得ないと思うだろう。

「安心してくれ、ちゃんとそのための準備は整っている。ただ破城鎚の方はそちらで頼む事になるが」
「それは分かっている、だが使う時には敵の攻撃の心配はないと思っていいんだな?」
「あぁ、それは約束する」

 ここで『クーア神官がいる』とバラせば向うも少しは安心するだろうが、敵の手の者が紛れ込んでいないという保証はないからまだ言えない。

「もしこちらが失敗した場合、本隊は一度退いて作戦を立て直してくれればいい。当然助けは不要だ、見捨ててくれても構わない」

 それにはまたざわめきが起こる。

「随分な自信だな」
「それくらいの覚悟がなければ、こんな無茶な作戦を提案しない」

 ざわめきが今度は小さくなっていく。こちらに対して馬鹿にする視線を向けていた者達の顔付きも変わっていく。よくも悪くもここにいる連中は戦闘脳だ、大口をたたいても相応の覚悟を示せば馬鹿にはしない。あとは実績を見せれば認める、単純な話だ。

「あと、もう一つの注文の方も出来るだけは対処するつもりだから安心してくれ」

 だが、周囲が静まったところでセイネリアがそう言えば、また彼等は顔に困惑を浮かべる事になる。確実に一番困惑したのは言われたオーランだろうが、彼は目を細めて努めて抑えた声で聞いてきた。

「もう一つの注文、だと?」
「最初に言っていたじゃないか、出来れば犠牲は最小限ですませたい、と」

 そこでオーランは驚いた後にすぐ険しい顔をした。

「偵察部隊を全滅させてきた男がそれを覚えているとは思わなかった」
「兄上……」

 即座に一人椅子で座っていたメイゼリンが兄を睨む。彼女はセイネリアが偵察部隊を全滅させて帰ってきたのを見て喜んでいたから、それを責めるのは納得いかないのだろう。険悪になる二人の視線が睨み合う中、セイネリアはその場で跪いてみせた。

「こちらは雇われの立場として常に依頼者の意向に沿うように働いている。彼等を殺したのはこの後の犠牲を減らすためだ。死んだ彼等は大勢の味方の命を救うだろう」
「つまり、お前達が殺した連中は、敵を降伏させるために必要な犠牲だったという訳か」
「その通りだ」

 それでオーランも納得する事にしたのかこちらから視線を外す。彼も武人一家の長男だ、相手を殺すななんて綺麗ごとは言ってはいない。彼が言いたいのは不必要に殺すなであって、必要な殺戮を否定する訳ではないのだ。




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