黒 の 主 〜傭兵団の章一〜 【25】 セウルズが第三陣を率いてシェナン村についてすぐに受けた報告は、聞くだけで頭が痛くなるような最悪に近い内容だった。 「待て……向こうから攻めて来たのではない限り、戦闘は避ける事になっていた筈だ。捕虜、もしくは戦死者38名というのは一体何があったんだ?」 勿論、敵が攻めてきたのではない事はこの村に着いた時点で分かっている。それにそもそも戦死者には注釈で『未帰還』と書いてあるのだ。 「30人はグテの出した偵察部隊です。そちらが襲撃されたとの知らせを受け、私の部下でここへ来た当初から偵察の任についていた8人が確認に行ったのですが……現場へ向かうという知らせを最後に連絡が途絶えました」 トルシェイがそう答えれば、一歩後ろにいたバシルマン・グテが苦い顔をして頭を下げる。 「そもそも何故30人も出している。これだけいて全員未帰還はおかしいだろう、全員集まったところで襲撃されたのか? もしくは全員でぞろぞろ歩いていたとでも?」 「……その、おそらくは……全員で行動していたと……」 さすがにセウルズも我が耳を疑った。 バシルマンは汗を拭きながらどうにか言葉を続けた。 「向うも、戦闘を避けていると聞いていましたので……ならいざという時のために、第二陣の者達も早くこの辺りの地形に慣れておくべきだという意見を聞き入れたのです。最初は10人程度だったのですが、今回はまだ偵察に出ていない者全員という事で……」 セウルズはため息を吐いた。 先に来て既に周囲の地形をある程度把握して慣れている第一陣に比べて当然第二陣の連中はこの辺りに慣れていない。だからバシルマンはその事で下に見られたくなくて、早く自分の配下の者達にもこの地に慣れさせようと多めの人数で偵察に出した――とそういう事なのだろう。 しかも今回に限って人数が多くなったのはきっと、セウルズが来る前に全員に一度周辺を見せようとしたのが原因だ。 そしてここからは予想だが、人数的に多い分勝てると思って敵の偵察部隊との戦闘に突入した。へたに戦場経験がある分犯しやすいミスとも言える。敵がクリュース国内の者の場合は確実に術者がいる、その術によっては数人分の兵力になるから数だけで相手を見てはならないのだ。蛮族相手とは勝手がまったく異なるというのを分かっていなかったのだろう。 セウルズは頭を押さえながらバシルマンに言った。 「バシルマン・グテ、お前は焦り過ぎて判断を見誤ったというしかない。ともかく、今後は何にしても実行に移す前に私に報告をして許可を得る事」 「……分かりました」 唇を震わせながらも、いかにも戦士らしい風貌の大柄な男は頭をまた下げた。 まったく、とため息をつきながらセウルズは考える……この戦いで自分に指揮を取らせてほしいと言ったのは間違いだったのかもしれないと。自分の思いつきの行動がなければ、当然西軍の相応しい立場の者が最初から指揮官として来ていただろうから、現場で後方担当の人間を上に置くなんて事態にはならなかった筈だ。そうすればバシルマンやその配下の者達も、トルシェイの配下兵に後れをとられたくないと焦らずに行動出来たろうと思う。 ――仕方ない、こちら側で決定権を持ってる者達は官僚あがりばかりだからな。 彼等は現場処理より、メンツの維持と上への胡麻の擦り方ばかりが得意だ。へたにセウルズを優遇しようとした結果だと思う。 実際戦闘に関しては、トップが武官ばかりの反乱軍側の方が組織としてはうまく動けるだろうことは予想出来た。だからこそセウルズがいる訳だが……今のところこれはプラスに働いていないと言っていいだろう。 「トルシェイ、お前は現在のこの村の兵の配置図を出してくれ。基本的にはどこに何人いるかが分かればいいが、術者枠の者だけは名前とどんな能力かを入れておいてくれ」 「はい、すぐにお持ちいたします」 トルシェイは元から事務処理側の人間であるからこの手の資料は既に作ってあるのだろう。バシルマンが責められたことで満足したのか、得意気に言ってくるトルシェイの様にバシルマンが苛ついているのが分かる。 「バシルマン、何も私はお前が信頼出来ないと言っている訳ではない。戦場指揮経験のあるお前の意見は貴重であると思っている、何か案が浮かんだ場合や、私の決定に不満がある場合は遠慮なく言って欲しい」 だからこうして、彼にもフォローを入れておかなくてはならない。特に根っからの武官、現場系の人間はプライドが高く頭に血が登りやすい連中が多い。ある程度おだててやる気にさせておかないと、反発したり、ロクに動かなくなる可能性がある。 「はい、では以後は何かあった場合、全てダン様に直に伺いを立てる事でよろしいでしょうか?」 「あぁ、構わない」 それでバシルマンも今度は幾分か満足げな顔で頭を下げた。 彼としては現場を知らないトルシェイを通さなくていいと許可を取れたことで多少は溜飲が下がったのだろう。 まったく面倒だ、だから軍部で役職を貰わないようにしていたのだが――と思いつつも、とにかく失敗は失敗としてその対処を考えるべきだと彼は頭を切り替える事にした。 ただし、敵はセウルズにその対処を取らせるどころか考えるだけの時間さえくれはしなかった。 彼がシェナン村についたのは偵察部隊が壊滅した日の夜近く、その翌日早朝に、セウルズは敵軍が村に近づいてきているという報告を受ける事になる。 --------------------------------------------- |